第4話 止まった足



鈴木 ゆう side

───────────────────




「広すぎだろ。なんだこの家」


 成川さんが、面倒臭そうに溜息を吐きながら俺に言った。


「ですね…」


 家の中を歩き回る俺たち。


 あー…くそ。


 只管ひたすら続いて行く廊下。いくつあるのか分からないほどの部屋の戸は、ビッシリと並んでいる。


 何かがあると思って来たのに…。こんな広い所で何処を探せばいいんだ。


 ルナから屋敷が取り壊されると聞いて来たものの、俺たちはただ歩き回ってるだけだ。


 別に何かがあると確信付いて屋敷に来た訳でもなければ、探しているものが何かも明確じゃない。


 ─調査する前に取り壊される─


 何かがあるはずなんだ。こんな大きな家を取り壊してでも、隠したい何かが。ただ勘だけが頼りだった。


 途方に暮れながら、長い廊下を歩く。


 コツコツと響く自分の靴の音は、壁にむなしく反響した。


 目に映ったのは、悲しいほどに見慣れた景色。


「…………」


 綺麗な戸にはほこり一つ付いていない。金色に光るドアノブに手を伸ばした。


 だが……。


「…………っ」


 ドアノブを掴む事がどうしても出来なかった。


「大丈夫か?」


 ドアノブに手を伸ばした後、すぐに手を下ろした俺に、成川さんが静かに口を開く。


 目の前にある部屋には沢山の思い出が詰まっていた。ストレートな真っ直ぐな髪に、白い肌。戸の先で、何度体を重ねて、何度彼女の笑顔を見た事だろう。そして、この部屋で最後に見た彼女の顔は、悲痛な色に歪んでいた。


 思い出すと、胸が締め付けられる感覚に襲われた。


 ゆり…。俺が…。


 俺は戸に手をかける訳でもなく、ただ下を向いて拳を握り締めた。


 もうだめだ…。


 屋敷には、俺が来ちゃいけないんだ。ゆりとあゆみが殺し合うきっかけを与えてしまった俺が、屋敷を引っ掻き回しちゃいけないんだ。


「すみません…」


 俺は戸に目を逸らして、来た道を戻ろうとした。


 成川さんは「無理するな。俺が見て回るから」と、いつもよりも優しい声を出した。


 何時だって―──。


 ブーブーブ―ブー。


 こんな時に手は伸びて来る。


「…………」


 逃げてはいけないと。


 いや、逃がさない と。


 小刻みに震えるブザーは、引き返そうとしていた俺の足を止める。


 ポケットで鳴る携帯を手に取ると、大野さん、と、画面に映されていた。


「はい」


「ゆう! 何か見つかったか!?」


 静かに電話に答えると、テンション高めの大野さんの声が降って来た。


 大野さんのテンション高いのはいつもの事だけど…。


「いえ、まだ何も」


 大野さんのテンションに少々引き気味に答える。


「大野か。うるせぇな」


 成川さんが、面倒臭そうに眉をしかめて言った。


「おい成川! 聞こえてんぞ!」


 大野さんが、大きな声で言った。


 声でかい。耳を離しても聞こえんじゃねぇかこれ。


 成川さんは何も答える事なく、無言になった。大野さんうるさいから面倒臭いのだろう。


 それにしても、このタイミングで電話を寄越すなんて一体どうしたんだ?


 なんだかんだ大野さんって優しいし、ゆりたちの件もあったから励ましの電話かもしれない。


 頑張れ!とか?あと、何か掴んでこいよ!とも言いそうだし、最後は、気にすんな!とか。もしそうなら、こうして電話で足を止めているだけでも効果ありだし、素直にありがとうとでも言っておこうか。


「ゆう大丈夫なのか?」


 電話口から大宮さんじゃない別の誰かの声が耳に届く。


 真面目そうな、硬い口調。野村さんだ。


 大野さんの周りには、天音さんもいるんだろうか。いるよな、絶対。いつも皆、すぐに帰るのに、残ってるんだ。隣には、あの面倒臭がりな成川さんもいる。帰ろうとする俺を止めず、代わりに部屋を見て回るとも言ってくれた。


 なんだろう。皆まだいるんだって思うと心が落ち着いて来る。


 屋敷の調査は俺個人の問題で来た訳じゃないんだ。引き返そうなんて、何馬鹿な事を考えていたんだろう。


 大野さんや野村さんの声を聞いたら、そんな事をふと思った。


「そうか!」


 再び下りて来る声は大野さんのもの。


 隣にいる成川さんの、静かにため息が聞こえて来る。多分、なんの電話なんだよって思ってる、気がする。


「はい、すみません」


 俺も、ため息を吐きながら、小さく謝った。


「いや! てかさっきリアムが現れたんだけどよ」


 …………。


「え?」


「は?」


 俺と成川さんの声が、重なった。ちなみに、え?が俺で、は?が、成川さんだ。


 普通に口にする大野さんだったが、彼の発言に俺の言葉が止まった。


 リアム…が?


 リアムって、大野さんの担当のやつだよな。なんか、大野さんに怒鳴られても飄々ひょうひょうとニヤニヤしてた印象しかない。


 皆の前にリアムが現れた?とことこ事務所にやって来たってか?


 俺に連絡が来たって事は…。


 安らぐ暇もないくらいに頭に焼き付く存在は、離れていても紫の姿を頭に散らつかせる。


 俺が声を荒げるには十分だった。


「リアムが、なんで来たんですか!?」


「なんだか、リアムが、お前に伝言だってよ」


 大野さんは俺を落ち着かせようと冷静に喋っているようだった。


「俺に、ですか?」


 大野さんに合わせるように声のトーンを静かに下げる。


「あぁ」


 大野さんの複雑そうな声が耳に届く。


 伝言?


 成川さんと、顔を見合わせる。


 タイミング的に屋敷のこと…だよな?


 中々口を開かない大野さんは、きっと今難しそうな顔をしてるんだろう。


「リアムはなんて?」


 急かすように、俺は少し声を荒げた。


 大野さんの次の言葉を待つ一瞬の時間が、まるで時が止まったような感覚に襲われた。


 大野さんが、ゆっくりと、クチを開いた。











 ─ゆうに伝えろ─


 ─茶髪の方の女の部屋を探せと─








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る