Scene7-3
―慶一―
マナーモードにしていたスマホがポケットの中で震えた。
誰からのメッセージなのかは分かっていた。知らんふりをしようか一瞬迷ったが、結局手に取り確認する。
『今日、病院行く日でしたよね?迎えに行きます。』
しばらく文字を見つめた後、返事を打った。
『いい。もう病院にいる。』
ポケットにしまいかけたが、すぐに返事があった。
『診察が終わったら教えてください。迎えに行きます。』
『一人で帰るからいい。』
あっという間に返事が来た。
『話があるんです。』
「―宮城さん、お入りください…」
診察室から呼ばれる。柳さんからのメッセージに返信しないまま、待合室の椅子から腰を上げた。
―この間偶然、
正直に言うと、俺は柳さんが話してくれた”元恋人”に嫉妬していた。
”元恋人”の事を語る時の柳さんの表情は、とても優しくて、同時にとても切なげだった。
『いいんです…もう、吹っ切れました』
そう言われた時、少しだけほっとした自分がいた。
柳さんの腕に抱かれている時、俺を通して”元恋人”の面影を探しているんじゃないかって、余計な事ばかり考えていたから。
なのに。
『桃瀬さんの名前?…朔也、だけど?』
顔も名前も知らなかったはずの”元恋人”が、急にはっきりと俺の中で形を結んだ。
桃瀬朔也―桜色の髪をした、小柄な青年の姿や声を思い出す。
慶一さん、と俺を呼ぶ時の柳さんの声で、朔也、と呼ぶ声を想像してしまった。
あの人に、柳さんはどんな風に触れていたんだろう。きっと俺にそうする時より、もっと優しく、愛おし気に…。
そこまで考えたら、もうだめだった。
過去に恋人が何人いたって構わないし、もしもまだ引きずっているんだとしても、せめて俺の知らない相手なら良かった。
まさかその相手が、よりによって、あの人だったなんて。
…そんな事、知りたくなんかなかった。
「…ありがとうございました。」
診察室を出て、ようやく身軽になった右腕を見た。レントゲンの結果、すっかり綺麗に骨はくっついていたらしい。
会計を済ませ、スマホを取り出す。
俺が返信していないメッセージの後に、柳さんから新たなメッセージは入っていなかった。
話があるんです、と書かれた文字を凝視する。
何なんだ、話って。まさか…。
「…っと、ごめんなさい。」
「ああ、すみません。」
紙カルテらしきものを抱えた看護師とぶつかりそうになり、慌てて脇にどいた。その背の高い看護師が、あっ、と声を上げた。
「宮城さん?」
「…?ああ、あの時の…。」
骨を折った日、ギプスを巻いてくれた看護師さんだった。
「もう良くなりました?あ、ギプス外れたんですね。」
「おかげさまで。」
答えながら、ふと思いついて聞いてみた。
「あの。」
「はい?」
「世良は、今忙しいですか。」
「世良先生ですか?電話してみましょうか…出るかなあ。」
呟きながら、胸ポケットのPHSを出して耳に当てる。
「…あっ、先生!出るなんて珍しい…今暇でしょ?外来降りてこれます?」
世良と相当親しいのか軽い調子で話し終えると、看護師さんがこちらを向いた。
「売店脇の休憩スペースで待っていて頂けますか?すぐ降りてくると思うので。」
「ありがとう。」
「いーえ。」
にこりと笑い、背の高い看護師さんは廊下の奥へ歩いて行った。
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