Scene2-2

―雅孝―

救急外来の処置室に足を踏み入れる。カーテンで仕切られた隙間から、五十嵐が顔を出した。

「主任、こちらです。」

「ああ。」

五十嵐の両手に抱えられたスーツを指さす。

「クリーニング出しとけよ。」

「承知しました。…遠慮されたんですが。」

小声で言い、五十嵐が気まずそうにベッドの方へ視線を向ける。

「…世良先生に渡されたんだろ?」

「はあ、強引に。…主任、あの方と知り合いなんですか?」

「気にするな。」

五十嵐には外で待っているように指示し、ベッド周りに引かれた薄いグリーンのカーテンをそっとめくった。

「失礼します…」

目に眩しいくらい白いシーツの上で、胸元辺りまで掛け布団を被って眠っていた男性が、俺の気配に気づいて驚いた様に目を開けた。

「…あの。」

「え、今度は何?警察の人?」

「…違います。」

仏頂面で強面だから、そう思われるのも分かるが。

「”Luce”のオーナーで、柳と言います。この度はトラブルに巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。」

「オーナー…?いやそんな、あなたが謝る事じゃ…。」

男性―確か、慶一さん、だったか。慶一さんが、頭を押さえながらベッドに半身を起こした。癖の無い真っ直ぐな黒髪が、目元にかかる。

綺麗な顔をした人だな、と思った。卵型に整った顎のライン、ふっくらした唇。涼しげな目元。

「大丈夫ですか、ぶつけたところは。」

「ああ、平気です。たんこぶ出来そうだけど。」

「気分は?」

「何ともないですよ。もうそろそろ、帰りますし。」

「ご自宅まで送りましょうか。」

提案すると、困った顔をされた。

「結構です。世良が…友人が、送ってくれるらしいので。」

「ああ…。」

切れ長の二重の、心臓外科医の顔を思い出す。…出来れば今日はもう、会いたくない。

「分かりました。では、お詫びはまた後日、改めて。」

そう言って席を外そうとすると、焦った声で呼び止められた。

「あの、もう結構ですから。お構いなく…」

「そういうわけには。スーツもお預かりしていますし。」

「それも良いって言ったのに…。」

「お客様を大変な目に遭わせて、何もしないわけにはいきませんから。」

「…そうですか。」

渋々ながら納得して頂けたようなので、小さく会釈してカーテンの外に出る。

非常灯の明かりしかない真っ暗な外来フロアを抜け、エントランスから出る。玄関横の駐車スペースに、五十嵐が車を寄せて待っていた。

「お疲れ様です。」

「ああ。」

助手席に乗り込み、シートベルトを締める。

「一旦、会社に戻れ。」

「承知しました。スーツは…。」

「俺の部屋に吊るしておけ。明日、朝一でクリーニングに持って行けばいいだろう。」

「はい。仕上がったら、ご自宅に届けますか?」

聞かれ、住所を結局聞きそびれたことに思い至った。

「…五十嵐。」

「はい。」

「A区の私立高校に、”慶一”という名前の教員がいるはずだから調べておけ。」

「学校まで届けられるんですか?」

「仕方ないだろ。」

「先ほどの、世良先生でしたっけ?あの方に預けられては?」

「めんどくさいの一言でつっぱねられた。」

五十嵐は苦笑し、承知しました、と言って車のエンジンをかけた。

走り出した車の窓越しに、病院の方を振り返る。

また一台、救急車がサイレンを鳴らして滑り込んでくるところだった。

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