第71話 ルードヴィヒ・フォン・リッテンハイム、その10
ダルトンからもらった数字と文字の羅列をレオハルトは端末のある画面で入力していた。そこにはダルトンから送られていたツァーリン連邦の内情と同国のマフィアたちの内情が詳細に記録されていた。
「……なんてことだ」
レオハルトはその人道に反した現実に愕然としていた。
ツァーリン連邦国内では子供に戦闘訓練を無理やりやらせる他、老人ですら前線に向かわせることが曲がり通っていた。国内にある食料は戦線の兵士に供給するために国内は飢え、略奪や脅迫などの犯罪が相次いでいた。当然治安は悪化し、その犠牲となるのは力を持たない市民や子供のような非力な存在である。
力こそ全て。それがツァーリンの常識としてまかり通る事態となっていた。
「……」
レオハルトは端末に映る報告書を見て言葉を失うしかなかった。
レオハルトがしばしコーヒーを飲みながら世界情勢の悪化と犯罪組織の台頭、そしてエクストラクターたちの暗躍に心を痛めているところでドアがノックされる。
「失礼します」
ドアを開けた人物はイェーガーであった。
「イェーガーか」
「前の作戦で大して助力ができずすみません」
「気にしなくていい。逆に狙撃が必要となることがなくてよかった」
「そのことでいくつかご報告があります」
「報告?」
「はい。あの時自分は敵狙撃手と交戦を行なっていました」
「なんと……怪我は?」
「それに関してはご心配には及びません」
それを聞いてレオハルトが安堵する。
「狙撃手はおそらくブラッドクロス党かそれに関連する組織かと思います」
「そうとは限らない」
「それはどういうことですか?」
「エクストラクターに関係する線もありうる。あらゆる可能性を否定すべきではないだろう」
「そうするとホワイトフェザー残党ですか?」
「そうだ。茶会連合の線も考えたが弱体化して目下の敵に追われている彼らにその余力がない以上はホワイトフェザー残党の手もあり得る」
「それこそ余力がないはずでは?」
「だが彼らは特段大きな敵対組織がない上に実在すら怪しまれている。そんな彼らがだからこそ動きやすい場面もありうる」
「……」
「イェーガー、君が相手にしたのは女のスナイパーだったか?」
「ええ、狙撃手の世界には女傑は珍しくないものです」
イェーガーの言葉は経験の上でも歴史的知識の上でも正確であった。狙撃手に必要なのはあらゆる悪条件や悪天候をもろともしない忍耐に鋭利な頭脳、サバイバルに適した頑強さや忍耐が重要である。出血に強く持久力に優れている女性の名狙撃手は歴史上に多く記録が存在していた。
「……イェーガー」
「分かっています。放置すれば魔女獣化の線もありえます」
「仕留められるか?」
「可能です。時間をください」
レオハルトはしばし考えてから決断を下していた。
「分かった。確実に頼む」
「はい」
「ただし、準備は入念にしてくれ。フランク王家や政府筋に話を通して装備を用意しておく」
「ありがとうございます」
イェーガーの後ろ姿を見送りながら、レオハルトは次のように呟いていた。
「魔装使いの残党にツァーリンとの戦争、犯罪組織の暗躍……我が国はいつの間にかこれほどの問題を抱えてしまった」
目の前の現実にレオハルトは苦い顔をしていた。だがレオハルトは亡き父の死の真実を知るべく目の前の業務に再び向かう決意を固めていた。
イェーガーは狙撃に使う小銃やパワードスーツの調整を済ませてその場を後にしようとしていた。だがそのタイミングで彼に声をかける者がいた。
「よ」
「……なんの用だサイトウ」
「俺が周りの状況を見落とすと思うか?」
「それもそうか。お前はあの中では一番のプロだからな」
「流石にお前やシンやダルトンには敵わんよ。だが手伝うくらいは出来る」
「一人でいい」
「俺だって経験はある。スポッターとシューターの二人組の方がいいだろう?」
「問題ない。俺は一人でもやれる」
「そういうな。これはレオハルトの命令でもあるんだ」
「……レオハルト様が?」
「お前は俺たちの重要な仲間だ。人知れず死ぬような事態は万に一つでも避けろと」
「……」
「俺はおふざけも火遊びも好きだがな。それは仲間あってのことだ。お前のような堅物だってSIAのメンバーだってことだよ」
「不器用な物言いだ」
「お前がいうか」
「フン……好きにしろ」
「おっしゃ……!」
そういって二人は敵の潜伏しているであろう貧民街へと足を踏み入れた。
フランク連合のセントセーヌは華美な繁華街や美術館や古城などの観光名所、富裕層の住む住宅街のイメージが強いが、北部の方に足を向けるとさまざまな異民族や異種族の移民街が広がっている地域が存在する。そこをさらに北東へと進んでいくと丘の上に立地する貧民街『アメリ地区』が存在する。そこは寂れた集合住宅やグラフィティアートの存在するいかにもな場所で、その印象に違わない治安の悪い地域として知られていた。
「……おいお前」
ギャングらしき男の集団がイェーガーとサイトウの前に現れる。
「集金だ」
「頼んでない」
「俺が決めたんだ。余所者」
そういって男はイェーガーの首元にバタフライナイフを向ける。器用に取り出されたナイフの切先を向けられたイェーガーは呆れたように口を開く。
「その位置でいいのか?」
「あ?」
咄嗟にイェーガーが体を逸らすとギャングの胸元から鮮血が爆ぜていた。
男は胸を撃たれその場に倒れ伏す。
「な、なんだ?」
「やべえ……なんかやべえ……!」
鈍いギャングたちもその場から逃げようとするが、イェーガーたちの本来の敵の餌食になるだけであった。その混乱を利用してイェーガーとサイトウが隠し持っていた小銃を取り出す。
「おあつらえ向きの場所だな!」
「……」
敵は答えない。気配を完全に消していた。
「サイトウ。いいのか?」
「問題ない。気は進まないが一度や二度じゃない」
「そいつは頼もしいな」
若干の皮肉を交えつつ、イェーガーは敵と腹の探り合いを始めていた。
敵は確かに用意周到な難敵であった。だが、イェーガーは敵の戦法を見抜く能力にも卓越しており、敵の潜伏している場所をすでに三つに絞っていた。
「サイトウ」
イェーガーは何かを投げるように指示する。
すると、サイトウは敵に持っていたであろう。ナイフの一本を空中へと当てずっぽうに投げた。それが撃ち抜かれた方角からイェーガーは完全に敵の位置を割り出した。
「アマチュアが」
イェーガーは即座にその場所に照準を合わせる。あとは撃ち抜くだけであった。
銃声。
一発で勝負は決した。
「……終わったか」
「ああ。行くか?」
「そうする。胸糞は悪いだろうが慣れてはいるよ」
「助かる」
イェーガーとサイトウはそう言って敵にいた廃墟の三階へと歩みを進めた。
廃墟の階段を用心して登ると敵である女狙撃手は息絶えていた。
「……恨めよ」
「センシティブだな。もう死んでる」
「分かっている。だがそう言わずにはいられんさ」
サイトウは悲しげな目で少女の遺体に手を合わせていた。
「……よし」
イェーガーはそういう状況でもクールだった。見知らぬ敵がどんな過去を送ってきたのかは不明だが少なくとも魔装使いとしての能力と身体能力の強化を受けた殺戮者である以上は遅かれ早かれ敵対は避けられなかった。その事実だけが二人にとっていくらか気を楽にした。
そんなイェーガーが遺体の周辺を探るといくつか有力な証拠を発見していた。
一つは指示書でフランク語で書かれた指示にレオハルトとルードヴィヒの顔写真が添えられていた。
二つ目は少女の武器。明らかにその場で構築された華美な装飾の小銃で正規品の銃ともハンドメイドの銃とも違う造形をしていた。
三つ目に欠片、魔装使いのコアである宝玉状の物質の欠片が砕かれた状態で散乱していた。
そして最後に少女のスマート端末がその場に残されていた。それはほとんど傷はなく。電脳技術による接続があれば解析して中のデータを見ることは可能だった。
「十分だ。これだけ収穫があれば敵とその狙いはわかる」
「ルードヴィヒの坊ちゃんとレオハルトが狙いか。シンプルだが厄介だ」
「ああ、俺たちはまだ小さい組織だからな。リーダーを殺害されたら空中分解しかない」
「さて……どっちだ?」
「俺は賭けないぞ」
「つれないな。俺はブラッドクロス党説を予想しておく」
「この状況ならエクストラクターの線が大きいだろう」
「ところがってやつだ。俺はそう思う」
「どうだろうな。二リブラぐらいは賭けてもいい」
「いいね。俺は十やってる」
「よし回収班呼んでおく」
「そうしてくれや」
そんな談笑をしつつイェーガーは無線越しにレオハルトに敵遺体の回収や使った武器の始末など後処理を任せその場を離脱する。そこにサイトウも遅れることなくついていった。
「なあ」
貧民街を抜け出した後、サイトウは不意にイェーガーを呼んだ。
「なんだ?」
「見事な腕だ。狩猟でもやってたのか?」
「やってた」
「へえ、なら今度行かねえか」
「狩猟か?」
「サバイバルなら俺だって負けてない。専門は砂漠戦だが、野戦なら熱帯や山地も経験しているぜ」
「そういえばお前、アズマのどこ出身だ?」
「ああ、俺『カノエウマ』な」
「なるほどな。乾燥惑星のか」
アズマ国辺境に位置する乾燥惑星『カノエウマ』は海が少なく陸地の八割が岩砂漠や砂砂漠である過酷な地理的条件のために流刑地や貧しい出稼ぎ労働者の移住先として使われていたが後の時代に鉱物資源や燃料となるエネルギー資源の発見や政治的闘争から逃れた士族などによって開拓が進み本国でも無視できない経済圏を確立した惑星として成長していた。
だが、本国からの統治から遠いこの惑星は度々外国からの犯罪組織やワンチョウや龍山などの隣国からの干渉に晒され治安はアズマ国でも最悪といえる場所となっていた。
「あの修羅の星で育つにや強くなきゃ行けなかったんでな」
「そうか」
「イェーガーはどうなんだ?」
「コールドヒル。ヴィクトリアの北にある何もない田舎だ」
「聞いていいか。おめえとは他人の気がしねえ」
「俺もだな」
一仕事終えたイェーガーとサイトウは自分の故郷の話に花を咲かせていた。それは他愛無い話に過ぎなかったが、二人にとってはそれなりに実りある時間であったのは間違いなかった。
そうして雑談を交えながら和やかなSIAの馬鹿騒ぎへと戻っていった。彼らのトンチキな騒動に二人は思わぬ形で乱入する形となった。
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