嘘つき男、お断り。⑨







 快晴の空の下、ついに春告祭1日目が始まる。



「ロナルドさん! これは何処に置けば良いですか?」


 顔が隠れてしまう程の大きさの木箱を抱えたジョージは、ロナルド・オルティスに指示を仰いだ。



「おお、ジョージ。悪いな、こっちに頼む」


「はあい!」


「⋯⋯それにしても、なんだってお忙しい大臣さんが俺の手伝いなんかしてくれるんだ?」




「ええっと、それは⋯⋯」








 時は遡る事、3時間前——。


 朝日が顔を出した頃、俺はとある作戦の為、秘密裏にジョージの部屋を訪れていた。



「レオナルド? こんな朝早くにどうしたの?」


「実は、ジョージに相談したい事があるんだ。⋯⋯聞いてくれるか?」


「レオナルドに悩み!? ぼ、僕で良ければ聞くよ!」


 俺に悩みがあるという事が心底意外だというジョージの反応が些か癪に触るが、大きな目的を達成するためには彼の協力が必要不可欠な為、今は目をつぶる事にする。


「俺の事では無いんだが⋯⋯。実はここだけの話、ロナルド・オルティスは独りが大層苦手らしくてな。常に誰かが側にいないと落ち着かないそうだ。それで、今日から春告祭が始まるだろ? 彼の商会の従業員は接客にかかりきりになるだろうし、俺は姫様の公務の補佐をするから彼が1人の時間が出来てしまう。俺としても見知らぬ土地に客人である彼を1人にしておくのは気掛かりだったんだ。昨日その事を彼から相談されたんだが、どうしたものかと思ってな⋯⋯」


 一通り話終わりジョージの方を見ると、彼は俺の話をぽかんと口を開けて聞いていたのだった。



「へ⋯⋯⋯⋯⋯⋯?」



「ジョージ? 大丈夫か?」



 しかし、俺が声をかけるとハッとして空笑いの後、話し始めた。



「あはは⋯⋯⋯。ロナルド・オルティスが僕の想像と随分違って驚いちゃった⋯⋯」


「まあ、驚くのも無理はない。俺もその話を聞いたときはたまげたもんさ。それで、物は相談なんだが、⋯⋯⋯ジョージ、お前がロナルド・オルティスに付いて、もてなしてくれないか。⋯⋯⋯これはお前にしか頼めないんだ」


 ジョージにしか頼めない、というところを強調してじっと見つめる。すると、俺の予想通り頼られた事に気を良くした彼は、易々とこの件を引き受けた。



「! そういう事なら僕に任せて!」


「助かる。やはり持つべきは友⋯⋯⋯いや、ジョージだな」


「ロナルド・オルティスの事は僕に任せて、レオナルドは姫様の事に専念してよ! ⋯⋯⋯あ、この事姫様は知ってるの?」


「⋯⋯⋯知らないよ。良い歳した男がそんな事が怖いだなんて知られたく無いだろ? それに、この事を俺がジョージに相談した事も言わないでおいてくれないか。彼も大事にしたくないだろうからな」


「分かった!」


「頼んだぞ、ジョージ。これはお前にしか出来ない事なんだ。さり気なく彼をサポートしてやってくれ!」




 ⋯⋯⋯というやり取りがあったのだ。もちろん、ロナルド・オルティスが独りが苦手というのは真っ赤な嘘である。

 彼の矜持を傷つける発言となり大変申し訳ないとは思っているが、これも疑念を晴らすためには必要な事なのだと是非ともご理解いただきたい。






「⋯⋯⋯どうした?」


 そんなことは露知らず、言葉に詰まるジョージにロナルド・オルティスは不思議そうな顔を向ける。

 俺は、そんな彼に怪しまれない様、すかさずフォローを入れた。



「彼がオルティス様の大ファンだからです! なっ? ジョージ!」


「えっ、あ⋯⋯⋯う、うん!」


「へえ⋯⋯⋯。そりゃ、悪い気はしないな。そういう事ならよろしく頼むぜ、大臣さん」






 ジョージは俺の指示通りに、春告祭1日目はロナルド・オルティスにぴったりと張り付き、1人になる隙を与えなかった。その間、彼に特に不審な動きは無く、ジョージはただ店の手伝いをして無事に1日が終わった。


 ——とりあえず何事も無く1日目が終わったな。しかし、あと6日もあるんだ。気が抜けない。


 春告祭の間は、街の人はもちろんのこと城の警備兵だって浮かれている。それに、祭りには陛下や妃殿下も参加される。お二人の警護にも人員を割く為にこの期間はどうしても城の警備が手薄になるのだ。

 よって、狙うとすればこの春告祭の期間をおいてほかには無いだろう。



 しかし、俺の予想とは裏腹に、1日目同様、2日目も何事も無く春告祭は盛況に終わったのだった。






 そして迎えた波乱の3日目——。

 今日は姫様とロナルド・オルティスが一緒に祭りを回る日だ。



「さ、姫さんお手をどうぞ」


「ありがとうございます」


 ロナルド・オルティスが姫様に手を差し出し、彼女がその手を取る。そのワンシーンはまさに御伽噺のお姫様と王子様のようであった。



「オルティス様、本日はスーツをお召しになっていらっしゃるのですね」



「ああ、なんてったって姫さんとのデートだからな」


「ふふふ。お似合いです。本日はよろしくお願いしますね」



 こうして、姫様とロナルド・オルティスのデートが始まった。








 

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