姫様、婚活する。②
「⋯⋯ところでジョージはなぜ泣いているのかしら?」
姫様よ、やっと気付いてくれましたか。
「⋯⋯ひっ、ひめしゃ⋯⋯ひめさまがご結婚されるとおっしゃるからぁ⋯⋯僕はまだ心の準備が出来ておりません〜〜⋯⋯」
姫様に話を振られ、ジョージは整った顔をぐしゃぐしゃにし、ターコイズブルーの瞳を潤ませ収まりかけていた涙を再びぼろぼろと流しながら答える。
「ジョージ、一旦落ち着け。それに姫様はまだ結婚されるわけでは無いぞ」
ふうふうと浅い息で姫様に訴えかける姿を憐れに思い、ジョージの背中をさすってやる。その弱々しい姿にさすがの姫様も心配になったのかジョージに向き直り諭すように優しく話しかけた。
「レオナルドの言う通りですよ。何も、今すぐに結婚するわけではありません」
「っでも、姫様はお美しくて優しくて⋯⋯完璧な女性で、⋯⋯好きにならない人はいないから⋯⋯すぐに結婚相手が見つかってしまいます〜〜⋯⋯」
「あら、それは願ってもないことですわ。⋯⋯⋯⋯ねえ、ジョージ。わたくしが何故、結婚活動をしたいかわかりますか?」
姫様は幼な子に話すように優しい声でジョージへと問いかける。
「⋯⋯⋯⋯我が国や国民を想ってのことです⋯⋯」
「そうです。我が国の現状はとても厳しいものです。我がクレイン王国は5つの大国に囲まれており、戦こそ起こってはおりませんがグランデ王国とカエルム帝国は冷戦状態でいつ巻き込まれるかわからない状況です」
「⋯⋯⋯⋯」
「もし、今のまま戦に巻き込まれたらどうなりますか?軍備も軍事費用も無いため、ひとたまりもないでしょう。わたくし達王族や貴族の特権階級の者が制裁を受けるのは仕方ないとしても、一番の被害を被るのは平民です。⋯⋯わたくしはそんな事にはなって欲しくないのです」
普段どちらかと言うと抜けている姫様がそんなにも国の未来を想っていたなんて⋯⋯。不覚にも目頭が熱くなり、気付かれないよう下を向いた。
「今、我が国に必要なのはお金です。クレイン王国には特筆した産業や名産品は無く、誇れるのは豊かな自然と数多の動物だけしかありません。そのため、今の国民の生活は豊かなものとは言えず、苦労ばかりさせてしまっています。けれど、お金さえあれば民の生活は潤い、国を守ることも出来るでしょう。」
「ひ、ひめさま⋯⋯そんなにも国のことを想って⋯⋯! それなのに僕は⋯⋯自分の都合だけで⋯⋯」
姫様の演説に、ジョージは涙で潤んだ瞳で尊敬の眼差しを向ける。
「ですが、支援に頼り切るわけにもいきません。ゆくゆくは自立するためにも我が国でも出来る産業や独自の名産品を見つけたいと思っています。ですが、これはわたくし1人の力では成し遂げることは出来ません。⋯⋯ですから、ジョージ。あなたの力が必要なのです。協力してくれますか?」
姫様はにこりと微笑み、ジョージに手を差し伸べる。その姿はまるで女神の様だった、と後にジョージ・ケリーは語った。
「僕では力不足かもしれませんが⋯⋯持てる限りの力で姫様のお力になると約束します!」
先程までぐずっていたジョージは陥落し、爛々とした眼差しで姫様の手を取った。
ついに、俺以外全員姫様の味方になってしまった。つまり、議会の過半数が姫様の結婚活動に賛成したことになる。⋯⋯俺の敗北が決まった瞬間だった。
——ああ、陛下や妃殿下になんて説明すれば⋯⋯。
✳︎
「あらあら、シャルちゃんったらまたレオナルドを困らせる様なことを言って⋯⋯」
定例会議の終了後、すぐに俺と姫様は報告の為陛下の元へ向かった。流石に今回の姫様の無茶苦茶な提案に、陛下も雷を落としてくれるだろうと期待していたが————。
俺の目論見とは裏腹に、陛下は少し困った顔をするだけで、妃殿下は相変わらずにこにこと微笑んでいるだけだった。
「陛下、妃殿下! 姫様を止めないのですか!?」
予想外の反応についポーカーフェイスが崩れる。そんな俺を見て、姫様は得意げに言った。
「見なさい、レオナルド。お父様もお母様も理解してくださったわ」
「⋯⋯⋯⋯」
言い返す言葉が見つからず、言葉に詰まる。そこに、妃殿下が助け舟を出してくれた。
「あら、シャルちゃん。私はシャルちゃんが国の為に結婚する事は反対よ」
その言葉に、先程まで余裕の笑みを浮かべていた姫様に焦りが生まれる。
「!? お母様、何故ですか!」
「昔シャルちゃんにもお話ししたと思うけれど、シャルちゃんには普通の恋愛をして、好いた殿方と結婚して欲しいの。お相手の身分やお金なんて関係ないわ。⋯⋯例えば、昔から仲良しのレオナルドと結婚したっていいのよ」
ちらり、と意味ありげな視線で俺を見てから投げられた妃殿下からの不意打ちに顔が熱くなる。
「! ソフィア様、御冗談はよしてください! 私など⋯⋯姫様には釣り合いません!」
俺の言葉に姫様はむっとして口を開いた。
「レオはいつも口煩くわたくしを叱るもの。わたくしの事なんて嫌いなのだわ」
「っ! 決してそんな事は⋯⋯私は姫様の為を想って⋯⋯!」
俺と姫様のやり取りを見て妃殿下は微笑ましそうに微笑んでいた。そして、そんなむず痒い空気を破る様に陛下が口を開いた。
「ほらほら、シャーロットもレオナルドも落ち着きなさい。ソフィアの言う通りレオナルドと結婚する事も一つの手だが、結婚活動を通して色々な国の人に会うのも勉強になるかもしれないな。今回のことには私も賛成だよ」
「お父様! お父様なら分かってくださると思っていましたわ!」
姫様は強力な味方を得たと、目を輝かせて陛下を見る。
「でもね、シャーロット。ソフィアの言う通り、何があろうと国の為に結婚するのは辞めなさい。結婚とは、一緒に幸せになりたいと思うような相手とするものだよ。シャーロットにも私にとってのソフィアの様な生涯の伴侶を見つけて欲しい」
「チャーリー様⋯⋯」
陛下の言葉に妃殿下の目はハートになり、2人は熱い視線で見つめ合う。どうやら、2人だけの世界に入ってしまったようだ。陛下も妃殿下もとても良い方達だが、頻繁に2人だけの世界に入ってしまう事だけが難点だ。
またか、と言うように俺と姫様は目を合わせ、やれやれと呆れの念を込めて2人を見やる。さすがの陛下と妃殿下もその視線に気付いたのか、陛下は少し気恥ずかしそうにごほん、と一つ咳払いをして言った。
「まあ、シャルは国の事は考えず、社会勉強のつもりで結婚活動とやらをしてみなさい。我が国の事はこの私に任せなさい。⋯⋯これでも私は、クレイン王国の国王なのだから」
姫様は陛下の言葉に涙ぐみ、元気いっぱいに返事をした。
「はい! お父様!!」
美しい親子の絆にめでたしめでたし、と終わってしまいそうな雰囲気だが、俺はまだ姫様の結婚活動に納得していないのだ。このまま終わらせてたまるか。——それに、姫様が選んだ相手にこの国の未来を預けるのは不安過ぎる。
「お待ちください! 姫様の結婚活動は百歩譲って認めますが、一つ条件があります!」
「もうっ! お父様もお母様も認めてくださったのに、まだ何かありますの?」
姫様の不満げな視線がチクチクと刺さるが、そんな事は気にしない。俺は胸を張り、堂々と宣言する。
「恐れながら、姫様お一人で結婚活動をされるのには些か不安がございます。それに、姫様! 愛のない結婚など言語道断です! せめてこの私が、姫様に相応しいお相手を見つけてみせましょう!」
「⋯⋯わたくしってばそんなに信用がないの?」
「⋯⋯⋯⋯決してそのような事は。ただ私は! 姫様の事が心配なのです!」
「今、見逃せない間がありましたわね⋯⋯」
じとり、と姫様が不満気な目で俺を見つめる。そんな一触即発の雰囲気に妃殿下がフォローを入れてくれた。
「あら、いいじゃない! シャルちゃんも相談出来る人がいた方がいいでしょう? 小さい頃から一緒にいて、シャルちゃんのことをよく知ってるレオナルドなら適任だわ!」
「⋯⋯わかりました。お母様がそうおっしゃるなら⋯⋯」
「決まりね! レオナルド、シャーロットのことお願いしますね」
「! お任せ下さい!」
✳︎
——さて、姫様の結婚活動はすぐに大陸中に知れ渡る事になった。そして、大陸一の美女の伴侶の座を求めて各国から貴族や商人、王族まで、様々な男がやって来ることとなる。
こうして、俺と婚約者候補達による戦いの幕が上がったのだった。
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