転入生編

第7話 転入生

  ある日の朝。

 少女は何気なく友人と学校に向かおうとしていたが、少し苛立っていた。


「もう遅い! なにやってるのよライ」

「ごめんごめん。でも少しぐらい遅くても怒られないって」

「ニッカ先生は怒らなくても、遅刻は駄目なの。ほら早く行くよ!」

「はいはい。ふわぁー」


 もう一人の少女は大きな欠伸をした。

 ネイビーの制服に身を包んだ二人の少女。彼女たちが目指すは高台にある巨大な城。アルカード魔術学校だった。

 そんな最中、


 キィィィィ——


 車輪が擦れる音。

 つい少女は右側を振り向く。すると馬車が暴走してとんでもないスピードで走ってきた。


「よ、避けて!」

「シルヴィ!」


 少女は咄嗟のことで、一瞬判断が遅れた。

 それだけじゃない。頭では何をするべきか分かっているのに体が付いてこず、その場で立ち止まってしまった。


(えっ、もしかして私……)


 少女の思考は一瞬にして切り替わる。

 その場から逃げ出す。動こうとした。しかし判断が遅かった。

 動き出したタイミングは直撃の瞬間だった。少女の体が吹き飛ぶ。そんな意識が思い起こされる。しかしそうはならなかった。


「えっ!?」


 少女の体が宙に浮いた。

 風のようにふわっとじゃない。だけどそれに近い。しかし誰かに抱えられたみたいな感触だった。


「だ、誰?」


 少女が顔を上げようとした。しかし一瞬の出来事で、顔までは見られない。

 そんなことをしている間に少女は地面に降ろされていた。

 心配していた少女と、馬車を操っていた人が降りてくる。


「シルヴィ!」

「大丈夫かい、お嬢ちゃん」


 少女は心配して声を掛ける。

 けれど放心状態の彼女にはその言葉は耳に入らない。


(さっきのって、一体誰だったの?)


 右から左になる声。

 少女の頭の中には他の言葉は入らないでいた。


「シルヴィ! シルヴィ聞こえてるの!」

「あっ、ラ、ライ?」

「大丈夫? 怪我とかしてない感じ」

「うん。してない感じ……ねぇ、さっき誰かいなかった?」

「はぁ!?」


 目を丸くする。

 しかしそれは間違っていない。だって誰の目にも映らなかったから。

 しかし彼女には確かな感触があった。何処か謎めいているが、それ故の胸の高鳴りが微かな鼓動を上げていた。


「誰だったのかな」


 優しい瞳で彼方を見つめる。

 それは魔術師の卵が感じた“目覚め”だった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 学校に来るや否やライは机に突っ伏した。

 アルカード魔術学校は決まった席がない。そのため、隙に座ってよい。

 前側の席に腰を下ろしたシルヴィアたちはいつもの光景に溜息を零す。


「もう、だらしないわね」

「いいじゃんかー。私は眠いんだよ」

「夜更かしばっかしてるからでしょ」

「ふにゃー」


 シルヴィアはライのこの態度を見ていると馬鹿らしくなってしまった。

 そこでさっきの体験を細長い机に肘をついて考える。


「さっきの誰だったのかしら」

「えーやっぱり誰かいたの? どうせ気のせいだって」

「そんなわけない。じゃあ如何して私が怪我の一つもしてないの?」

「自分で反射的に魔術を使ったんじゃないの?」

「そんなこと……」

「ほら、何って言ったっけ? 条件反射とか?」


 ライは適当なことを寝ぼけ眼で答えた。

 しかし当の本人は納得がいかない。そこでもっと深く考えてみる。しかし何も出ない。

 そんな中、朝のHRのチャイムが鳴った。


「おーい、席に着けー」

「今日もやる気ないね」

「こら、そんなこと言わないの!」

「だってほんとじゃんかー」


 ライに対してシルヴィアは叱った。

 しかし担任のニッカは何も言わない。大きな欠伸をしながら面倒そうに重大なことを告げた。


「あぁそうだった。今日はお前たちに言っておくことがあるから。あー眠たい」

「先生寝ないでください!」

「はいはい寝てないよー」


 ニッカは適当に手を振った。

 それから力を振り絞り、


「じゃあ簡潔に手短にねー。このクラスに転入生いるから、さぁさぁ入った入った」


 そう答えると教室内がざわめき出す。

 当然の反応。まだ四月も半ばだ。こんな中途半端なあぶれた時期にと思っても不思議じゃない。そんな中、教室のドアが開いた。


 ガラガラガラ——


 教室のドアが開く。

 そこから入って来たのは一人の少女。美しい白髪を肩越しまで携えた黒みがかった青目の少女。

 彼女は皆んなに堂々と現れると、


「初めまして。私はトキワ・ルカと言います。魔術師を志して皆さんとの青春の日々を満喫したい。そう考えています。よろしくお願いします」


 抱負を述べた。

 しかしクラスは固まった。そんな何処にでもあるような自己紹介に唖然としたのもそうだが、こんな時期の転入生の印象が強く残ってしまった。

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