第33話 こいやき
細かい雨が降り、風を受けてこいのぼりが宙を泳ぐこどもの日、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』ではカウンター席に武田五月が座る中で夕雨が折り紙で兜を作っていた。
「こんな感じで……うん、出来た」
「わあ、本当に綺麗に出来ましたね。お料理も出来てオルガンも弾けて折り紙までここまで綺麗に作れるなんて、夕雨さんは本当に器用なんですね」
「五月さんも練習したら作れるようになりますよ。雨花ちゃんも少しずつフルート以外も練習してるしね」
「はい。せっかく頂いたものというのもありますが、フルートの音色も好きになったので無理をしない程度に精いっぱい練習します」
「頑張ってくださいね、雨花さん。武田さん、お子さんの様子はどうですか? そろそろ一歳になる頃だと思いますが……」
五月は笑みを浮かべながら答える。
「夜泣きなどで大変ですが、両親も色々手伝ってくれるので助かってます。それに、ここでお会いした天野さんからも時々連絡を頂きますし、もう何度か奏雨にも会いに来てくださってます。両親も天野さんなら結婚しても良いんじゃないかと言ってくれるんですよ」
「両親からも気に入られてるなら別に良いんじゃないか? お客として何度も来てくれるから俺もわかるけど、悪い人ではないみたいだしな」
「実際、あれからまた出世なされて今では主任として頑張っていらっしゃるようですしね。私も良いと思いますよ」
「そうですね。私も少しずつ気持ちに余裕が出来てきましたし、天野さんともっと交流をしてみようと思います。そういえば今日はこどもの日だからこいのぼりを多く見かけましたよ」
「こどもの日の印象といえばこいのぼりやかしわ餅ですからね。けど、どうしてこいのぼりを揚げるのでしょうか?」
雨花が首を傾げていると、雨月は微笑みながらそれに答えた。
「こいのぼりは登竜門という言葉の由来にもなった中国の伝説に因んだ物です。その伝説というのが鯉が黄河の急流をさかのぼって龍門の滝を登りきった際に竜となって昇天するというもので、その他にも鯉が清流だけでなく池や沼でも生きていく事が出来る生命力の強い魚というところから環境の良し悪しに関わらずどんな試練にも耐え立派な人になるようにという子供の出世を祈るように揚げられるそうですよ」
「そしてこいのぼりの歌って二種類あって、一つは大きな真鯉をお父さん、小さな緋鯉を子供達って歌ってるもの、もう一つは
「なるほどな……まあ俺の歳だともうこいのぼりは揚げる物でもないし、武田さんの息子にもまだ早いけど、早い内に用意し始めても良いのかもな」
「そうだね。私も奏雨には大きく成長してほしいし、両親と相談してこいのぼりや五月人形は用意しようかな」
五月が笑みを浮かべながら言い、その様子を夕雨や雨月が嬉しそうに見ていたその時、ドアベルを鳴らしながらドアが開き、天野
「いらっしゃいませ。おや、天野さんに戦場さん。先程まで武田さんと天野さんの事やこどもの日の事についてお話をしていたんですよ」
「あ、そうだったんですね」
「五月さん、天野さんについて本当に嬉しそうに話してくれましたよ。ところで、そちらは?」
「ああ、ウチの後輩ですよ。最近何か悩みがあるようで、ここなら解決してもらえるんじゃないかと思って連れてきたらちょうどそこで虎河と出会ったんです。なっ」
「ああ。私は元々武田さんが今日ここに来ると聞いたのでそれなら私もと思って来たんですけどね。とりあえず私達も座りましょうか」
「は、はい」
虎河が五月の隣に座り、光也と女性が隣り合って座ると女性は小さくため息をついた。
「戦場さん、ご心配をおかけしてすみません」
「いいんだよ、
「新入社員さんですね。なんだか初々しいなぁ」
「ふふ、そうですね。さて、五十嵐さんのお悩みとはなんでしょうか?」
「それなんですが……異性との関係についてなんです。私には大学時代から付き合っている彼氏がいるんですが、最近彼がそっけなくて……それで少し調べてみたら彼が浮気してるのがわかったんです」
月花が俯くと、光也は小さくため息をついた。
「浮気……五十嵐さんは本当に綺麗な人なのに浮気するなんてその彼氏は本当に見る目がないな」
「そんな事ないですよ。私に魅力がなかったから浮気をされたわけですし……」
「五十嵐さん……夕雨さん、雨月さん、何か元気が出るような物はないですか?」
「元気が出るかはわかりませんが、少々変わった物を夕雨さんが見つけてくださったのでそれをお出ししますね。武田さんと天野さんはいかがいたしますか?」
五月と虎河は顔を見合わせてから頷きあった。
「はい、食べてみたいです」
「せっかくなので私も」
「畏まりました。では、夕雨さん」
「はい、雨月さん」
二人は頷き合うと、作業を始めた。そしてその作業風景に月花が驚いていると雨花は月花に話しかけた。
「五十嵐さん。部外者である私が色々言うのは良くないですが、その恋人さんとは別れても良いと思います」
「私もそう思う。でも、やっぱり中々別れられなくて……」
「踏ん切りがつかないというわけですよね……ですが、恐らくその恋人さんは五十嵐さんの事をもう恋人とは見ておらず、言い方は悪いですが都合の良い存在としか見ていない気がします。なので、ここはもう相手の事を見限って次の恋に生きるのが良いと思います。雨月さんは縁結びの神様でもありますし、良縁に恵まれるはずですから」
「そ、そっか……それならそれに肖りたいかな」
月花の言葉に雨花が頷いてると、その様子を夕雨と雨月を見てから頷きあった。そして作業開始から十数分後、四人の目の前には鯉の形をした小さな焼き菓子と緑茶、そして白湯が置かれた。
「こいやき、そしてりょくちゃとさゆ。お待たせいたしました」
「ほんとは五月さんにもお茶を出したいんですけど、授乳中はカフェインが入ったものや脂肪分の多い物は気をつけないといけないみたいですからね」
「お気遣いありがとうございます。それにしても
たい焼きならぬこいやきなんてあるんですね」
「これをお出ししているお店があるようなのでウチのお店ではめにゅーには加えられませんが、こどもの日らしいという事で夕雨さんがおやつのために見つけてくださったんです。夕雨さん、本当にありがとうございます」
「どういたしまして。それじゃあどうぞごゆっくり」
「はい。それじゃあ……」
『いただきます』
四人は声を揃えて言うとこいやきを手に取り、そのまま口に運んだ。
「……美味しい! 鯉の形をしたたい焼きではありますけど、あんこもふっくらとしっとりしていて美味しいですし、甘さもベタッとした感じじゃないのでとても食べやすいです」
「たしかに……」
「これならいくらでも食べられそうだな」
「それくらい軽い感じですからね。はあ……美味しい」
四人が美味しそうにこいやきを食べていると、雨月は月花に話しかけた。
「さて、五十嵐さんのお悩みですが、雨花さんとお話をなさっていた通りに別れを告げられるのも良いと思いますよ。そのお相手が五十嵐さんにとって全てだと仰るならばそれでも良いと思いますが、そうでないならばお別れをして次の出会いを求めるのは悪い事ではないですから」
「やっぱりそうですよね……」
「はい。なので、全てを決めるのは貴女自身です。どのような選択をしても問題はありませんし、私達は応援しますよ」
雨月の言葉を聞くと月花は小さく頷いた。
「そうですね。このままというのも良くはないですし、一度彼と話してみます。それでダメならもう彼の事を見限って次に進みます」
「わかりました。頑張ってくださいね、五十嵐さん」
「私達も応援してますよ」
「ありがとうございます」
月花は嬉しそうに言う。そして雨が降り続ける中、『かふぇ・れいん』では五月と虎河、そして光也と月花がこいやきを食べながら楽しそうに話をし、雨花と雨仁はそれを静かに見る中で二人の姿を見ていた。
「さて、今回の件で少しずつはっきりとしてきましたね」
「ですね。まあ豊与世司尊さんと地恵芽生尊さんもこの事について近い内にお店まで来てくれそうですし、その時まで考えてみるしかないですね」
「はい」
夕雨と雨月は頷き合うと、後片付けをしながら六人の様子を静かに見ていた。
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