番外章 かふぇ・れいんの休日

番外第1話 てばさみさんど

 気持ちのよい程に青い空が広がる快晴の日、雨の日限定で開店をしている『かふぇ・れいん』の奥にある住居のキッチンでは青いデニムジャケットにチェックのスカートといった格好の上から深紅のエプロンをつけた夕雨が鼻唄を歌いながら料理をしていた。

その姿はとても楽しげであり、まな板の上では手際よく食パンが三角形に切られていき、コンロにかけられたフライパンの中ではパチパチと小気味のよい音を立てながらベーコンが焼かれ、食パンを切り終えた夕雨は包丁やまな板を一度洗ってからレタスを切り始めた。

そしてこんがりと焼き上がったベーコンが小さく切られ、食パンやレタス、そしてトマトやタマゴなどの食材、マグカップに注がれた二杯のコーヒーが夕雨の目の前のテーブルに並んだその時、『かふぇ・れいん』に繋がる扉が開いた。

扉を開けて入ってきたのは群青色の着物姿の雨月であり、ゆっくり廊下を歩いてキッチンへと入ってきた雨月は微笑みながらキッチンにいる夕雨に話しかけた。


「夕雨さん、お店の掃除や換気は終わりましたよ」

「ありがとうございます、雨月さん。こっちも朝ごはんの準備が出来ましたよ」

「ありがとうございます、夕雨さん。今日は……さんどいっちですか?」

「はい。でも、ただのサンドイッチではないですよ? なにせ今日は新メニュー体験日ですから」


 夕雨が微笑みながら言う中、雨月も同じように微笑みながら頷く。


「そうでしたね。週に一度、お店がお休みの日に新しく考えためにゅーを提案し、それを実際に食べてお店でお客様達に本当にお出しするかを考える日、それが今日ですから」

「そうです。突然ですけど、雨月さんは手巻き寿司は知ってますよね?」

「はい。ご飯や様々な具を海苔のりで巻いて食べる物で、現代では主に家族や友人の間で楽しまれている物ですね」

「はい。私も前に聞いたぐらいしか知らないんですが、手巻き寿司は昭和20年頃からあったとされていて、初めはお寿司屋さんの裏メニューだったとか職人さんのつまみ食いがきっかけだったとか色々説はあるようです。

一般的に流行り始めたのは昭和40年代くらいと言われていて、1982年にお酢の会社がCMで取り上げた後に店頭での宣伝やキャンペーンの開催などもあってこうして家庭でも楽しまれるようになったみたいですね」

「ふふ、流石ですね。いつもは私がお話をさせてもらっていますが、ご飯や飲み物については夕雨さんもお詳しいですからね」

「やっぱり色々な物を作るからには知識は持っておきたくて」

「そうですね。つまり、そちらは手巻き寿司要素を含んださんどいっちという事ですね?」


 テーブルの上を見ながら雨月が問いかけると、夕雨は頷きながら答える。


「その通りです。名付けるなら、手挟みサンドといったところでしょうか」

「なるほど、手巻き寿司ならぬ手挟みさんどですか。お客様が自分で仕上げてそれを食べるという形は様々な方が楽しめそうですし、私も良いと思いますよ」

「ありがとうございます。それじゃあ早速食べてみましょうか」

「はい」


 そして二人が席に着き、向かい合いながらいただきますと言った後に二人は三角形の食パンをそれぞれ手に取り、テーブルの上の食材を好きなように挟んで食べ始めた。


「……うん、やっぱりレタスとベーコンの組み合わせは無難に美味しい。後はハムとタマゴも定番の味って感じでホッとするなぁ……」

「果物やアンコを挟むのもやはり良いですね。因みに、実際に出す場合はどのような形で出しますか?」

「とりあえず挟みたい食材を一覧の中から三つくらい選んでもらう形にして、他にも試したいと思ったら食材は選んだ数に応じた追加料金が発生して、パン自体はおかわり自由にしたいなと」

「そうですね。ただ、実際にお店で出すにはまだまだ考える事は多そうです。選んで頂いた組み合わせによっては出すまでの時間が変わってしまいますし、まずは早めに提供出来そうな食材だけで様子を見て、その間に何か手段を思い付いたら他の食材を加えていく事にしましょうか」

「私もそれが良いと思います。後は……パンも食パン以外に選べたら良いですけど、それも後々になりそうですね」

「はい。ただ、種類も選べたら組み合わせも増やせるのでそれを楽しみにして頂ける方も増えると思います。その場合はまた考えないといけませんが」

「ですね」


 二人は会話をしながらサンドイッチを食べ続け、同時にコーヒーを飲み終えると揃って手を合わせた。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした。夕雨さん、美味しいご飯を提案して頂きありがとうございます」

「いえいえ。でも、やっぱり考える事は多そうですし、これも一度天雨あまうさんに相談した方が良いのかも……」

「そうですね。相談をしたらまた変わった事を考えたと笑うかもしれません」

「でも、その内に天雨さん自身が一番乗り気になるわけですし、やっぱり楽しんでカフェをやっていたんだなと思いますよね」

「お店の様子を見に来て頂いた際もやはり笑顔が柔らかいですからね。そのお姿を見る度に私達もお店をしっかりと守っていかないといけないと改めて思います」

「はい。私達がこうして笑って過ごせるのも天雨さんと出会えたからですし、これからも精一杯頑張らないとですね」

「もちろんです。さて……それではそろそろ後片付けをしましょうか。私が片付けますから夕雨さんは休んでもらって大丈夫ですよ」


 そう言いながら雨月が立ち上がるが、夕雨は微笑みながら首を横に振る。


「いえ、雨月さんだってお店の方をやって下さったわけですし、それならお互い様ですよ。なので……」

「ふふ、そうですね。本日も協力して後片付けをしましょうか。では、夕雨さん」

「はい、雨月さん」


 二人は頷き合った後、息の合った様子で次々に片付けを終わらせていき、使った食器やテーブルはみるみる内に綺麗になっていった。

そして片付けが終わると、二人は椅子に座りながら同時に息をついた。


「片付け、終わりましたねー……」

「そうですね。夕雨さん、お疲れ様です」

「雨月さんもお疲れ様です。今日は晴れでお店もお休みですし、何をしましょうか。メニューの研究や食材の管理は当然しますけど」

「そうですね……では、その相談をするために何か淹れましょうか。後片付けを先程終わらせたばかりですけどね」

「ですね。けど、やっぱり何かを飲みながら話すと楽しいですし、その方が良いかなと私も思います。雨月さんが淹れてくれる飲み物はアイスでもホットでもとても“ほっと”する味ですから」

「ありがとうございます。では、早速準備を始めますね」

「はい、お願いします」


 夕雨の言葉に頷いた後、雨月は席から立ち上がり、そのまま二人分の飲み物の準備を始めた。

それから十数分後、キッチンには紅茶と緑茶の香りが漂い、その中で夕雨と雨月は楽しそうに話を始めた。

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