空っぽの心
冬木さんは、その言葉に黙っていた。
「もう、ほっといて下さい。幸せになれ、忘れろって言う方は勝手です。じゃあ私は?私は、どうすればいいの?だから、もうほっといて下さい。」
そう言って私は、二人から離れた。
静樹は、黙って手を繋いでくれていた。
「帰ろう」
タクシーを拾って、二人の家に帰った。
帰宅して、TVをつけた。
パチ、パチ、とチャンネルを切り替えていく。
【
そのCMに目と耳を奪われた。
♪君の形を忘れていく。この体…愛をちょうだい。君を思い出せる程の…。愛をちょうだい。君の感触を味わえる程の…。スルリスルリと消えていった、この手の中から♪
「鴨池はやての、バンドの新しい曲ね」
ココアを持ってきた、静樹が隣に座った。
ちょうど、半年前。私は静樹に鴨池はやてが、バンドデビューした事を喜んで告げたのだ。
「明日、発売だって」
「買いに行こうか」
私は、静樹にゆっくりと頷いた。
鞄の中から、さっきの指輪を取り出した。
「綺麗ね」
「うん」
「つけてみたら?」
「つけてみる」
私は、その箱から指輪を取り出した。
ピッタリだった。
「ピッタリね」
静樹は、笑ってココアを飲んだ。
「静樹、私ね」
「わかってるわ。言わなくたって」
静樹は、そう言って私にココアをくれた。
「静樹にしては、甘すぎない?」
「そうかもね、砂糖いれすぎたわ」
静樹は、笑って言った。
「9歳の時の話しなんて、覚えてなかった。」
「そんなものよ」
「光が、私をあんなに愛してくれていた事を私は知らなかった。」
「愛って聞こえはいいけど、重いわよね」
静樹は、右手の薬指の指輪を見つめていた。
「静樹…」
「愛してるから、幸せでいてって言われたなら、まだ前に進めるのに…。待っていてくれなんて言われたら、いつまでも待つしかないじゃない。」
「そうだね」
私も左手の薬指の指輪を見つめていた。
次の日、静樹とCDを買いに行った。
そして、次の日のNEWSをきっかけに、私は、廃人になったのだ。
「おはよう、なっこ」
軽く手をあげる。
毎日、静樹は、鴨池はやてのCDをBGMに流していた。
「少しだけは、食べてね」
頷いた私に、静樹はちぎったパンを口にいれさせた。
仕事は、辞めた。
毎日、朝起きて、とっていたあの日のNEWSを見る。
「そろそろ、お風呂入らなきゃね」
静樹は、三日に一回私をお風呂に入れた。
何もしていないのに、静樹に裸を見られる。
それも、何も感じなかった。
心が、一ミリも動かないのだ。
何を見ても、何を食べても、何を聞いても…。
「今日も、早くあがるからね」
私は、頷いた。
アナウンサーの読み上げるNEWSを見つめる。
「えー。犯人が犯行の動機を話しました。
「何て言う理由だ」
「警察の捜索活動の結果ですね。春峰光さんと見られる遺骨が発見されたそうです。」
「まだ、21歳だったのに可哀想ですよね」
「人生これからだったのに、それを奪うとは許せないです。」
「犯行動機が、やっぱり私は、許せないですよ」
静樹は、私の隣に座った。
「ずっと、見ていたいの?」
私の蛇口は、壊れた。
「まだ、でるね」
静樹は、ハンドタオルで涙を拭ってくれる。
「いつになったら、またなっこが笑ってくれるかな?私、待つから。いつまでも、待つから」
そう言って、静樹は私の頭を撫でる。
何度も何度も、繰り返しNEWSを再生する。
静樹は、ずっとそれに付き合ってくれる。
何時間も、何時間も見続ける。
「じゃあ、私。仕事行くね」
私は、ゆっくり頷いた。
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