【十二】怨霊のかたまり、なのか


 喉元目がけて今まさに突き刺さろうとするヒコの剣。

 ここでやられるわけにはいかない。

 翼、見ていて。


『私は負けない』


 気合いを入れた瞬間、不動明王が現れてヒコの剣を不動明王の剣が受け止めた。

 鼓膜を震わす金属音が響き渡り火花が散る。


「ふん、ヒカリには指一本触れさせはしない」

「小癪な真似を。おまえごときに何ができる。我は最強の王だ」

「最強の王だと。おまえがか。なるほど、どうやら邪鬼がおまえの心に住み着いているようだな。いや、違うな。そうか、その剣か。臭い、臭い。呪いのヘドロが剣に染みついておる」


 呪いのヘドロ。

 確かに異臭がする。禍々まがまがしい気を纏っている。

 この剣。

 ハッ、黒龍と目が合ってしまった。く、苦しい。心臓が締め付けられる。



「ヒコ、そんな雑魚などさっさとねじ伏せてヒカリの心を手に入れろ。それですべては終わる。おまえが最強の王となるのだ」


 ヒコの目が鈍く光り、纏う気が膨らんでいく。

 不動明王が押されている。


 なるほど、そういうことか。諸悪の根源はヒコではなくあの剣だ。ヒコの心をあの剣が支配している。攻撃すべき相手を間違えていた。

 ほら、ヒコはもう黒龍と一体化しはじめている。


 ヒカリはヒコの持つ黒龍の宿る剣に集中して、すべての力を注ぎこもうとした。

 ダメか。どうにもうまくいかない。どうしてだ。仏様たちの力を手に入れたはずなのに。翼を助けようとしたときは力に満ち溢れていたのに。


「ヒカリ様。大丈夫です。我らがついています。もう一度集中をしてください。それまで時間を稼ぎます」


 十二神獣が黒龍へ向かって行く。千手観音はヒカリの前で守りを固めていた。

 大丈夫。自分にならできる。自分は一人ではない。


「そうだ、頑張れ。おまえならできる」


 えっ、翼。そんなはずは。

 岩肌に身を委ねて倒れている翼に目を向けたが、微動だにせず目を閉じたまま。空耳だったのだろうか。それともどこかで見守ってくれているのだろうか。そうだ、きっとそうに違いない。


『翼、お願い。私に力を貸して』


 翼と一緒だったらうまくいくはず。

 ヒカリは手を合わせて祈った。

 纏う光の輝きが増していく。身体が熱くなってきた。


 翼が生きていてくれたなら。一瞬、そう思ってしまった。

 ダメ、弱気になってはダメ。心を強く持つの。皆の幸せを願うの。この世界を守るの。

 そんなことできるの。翼を守れなかったのに……。

 ああ、ダメダメ。


『神様、仏様どうか私の弱い心を追いやってください』


 頭上からあたたかな気が流れてくる。ふと見上げると薬師如来とともに虹色のオーラを纏った誰かが天から降りてくるところだった。神様だろうか。


 ひゃ、熱い。


「死ね、死ぬのだ。ヒカリ」


 黒い炎を噴き出す黒龍が迫って来ていた。ヒコは完全に黒龍に取り込まれてしまったのか。


 熱い、熱い。


 千手観音の守りがなかったら焼き尽くされていただろう。

 まずい。このままではいけない。

 不動明王と十二神獣が束になってかかっているというのに黒龍のほうが押している。よく見れば、十二神獣が減っている。闇の穴に吸い込まれてしまったのかもしれない。なぜこんなにも黒龍の力が強いの。


 あっ、なにあれは。

 ヒカリの目にとんでもないものが映った。

 黒龍だと思われていたものが何人もの人が重なり合ったものに映った。すごい数だ。百人、いや千人。もしかしたらそれ以上かもしれない。

 皆、憤り怨みを抱き苦しんでいる。救いを求めているようでもある。黒龍を形成している者の心が伝わってくる。


『なぜ、私が死ななければいけなかったのだ』

『私が生贄いけにえに、そんな……』

『生きたまま埋めるだなんて酷すぎる』

『ああ、人柱として選ばれてしまった』

『無念だ、無念でしかたがない』

『助けて、もうこんなの嫌だ。早く楽になりたい』


 この人たちは皆、犠牲者だ。黒龍の中に地獄絵図を垣間見た。

 おそらく王を埋葬すると同時に人柱として埋められた者たちだろう。神に捧げる生贄とされた者もいるのだろう。他にも何かしらの理由で殺されてしまった者たちの怨霊たちだ。理由はわからないがそんな怨霊たちがあの剣に宿り黒龍を生んだ。そういうことか。


 まさに呪われた剣だ。


 その剣を手にしたヒコもまた呪われてしまったのだろう。あの剣のせいで闇の部分の心が増幅してしまったのだろう。


「早く、ヒカリ様。早くあの者たちを成仏させてやってください。私たちの力を存分に使ってください」


 地蔵菩薩、観音菩薩、古の神々も太刀打ちできぬような怨霊たちを自分がどうにかできるのだろうか。いや、やらなければいけない。自分には心強い味方がこんなにもたくさんいるのだから。


 あっ、眩しい。

 さっきの虹色のオーラを纏う神と思われる者が翼のそばに立ち抱きついている。一瞬、嫉妬にかられたがそれは違うと思い直した。薬師如来も翼に向けて何かをふりかけている。

 なに、なに。なんだか凄い力を感じる。これはいったい。


「おお、あれはムスヒ様。こりゃスゴイ。ムスヒ様を連れてくるとはやっぱり薬師様はすごいんだな」

「ナゴじゃない。生きていたのね。コセンは、ムジンは」

「ああ、二人はあの穴に吸い込まれちまった」

「そんな」


 ヒカリは空をみつめて小さく息を吐く。


「そんなに落胆するな。ムスヒ様は蘇生の神だ。これで翼は生き返れるかもしれない。あの方は滅多に姿を現さない方なんだぞ。とんでもないことだ。うわっ、アチ、アチ、アチチチチ」

 黒龍の噴き出した炎がナゴの尻尾に火をつけた。ナゴは飛び回りどうにか火を消そうとしている。


 千手観音もだいぶ焼かれてしまっている。それでも守ってくれていた。

 早いところあの黒龍をなんとかしなくては。


「ヒカリ」


 名前を呼ばれて、ドクンと心臓が跳ね上がる。

 今の声はもしかして。


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