【七】ヒカリなのか
時が止まったかのように、空を見上げたまま皆の動きが止まった。
あそこにいるのは、本当にヒカリなのか。姿は間違いなくヒカリだ。なのに、どこか違って見える。
柔らかくて温かで心地よい気が流れていくる。
ずっとこのまま気持ちよさに浸っていたい。おそらく、ここにいる全員同じことを感じているのだろう。だからこそ、舞い降りてくるヒカリを見上げて笑みを浮かべている。
戦をしていたとは思えない何とも言えない表情がそこにはあった。古の神々も仏も優しい笑みを浮かべている。もちろん強面の十二神獣たちも例外ではない。
燃え盛っていたはずの炎もなぜか鎮火しつつあった。これもヒカリの力なのか。
何かを悟ったような顔つき。優しさの中に厳しさもあるような凛とした姿。思わず手を合わせたくなってしまう。
本当にヒカリなのか。
「コセン、これはいったいどういうことだ。あれ、ヒカリだよな。けど、別人みたいだ。ヒカリは神になったのか。それとも仏なのか。いや、神も仏でもない超越した存在なのかも。これ、凄いよな。凄いことだよな」
ナゴは思わずコセンの肩をバシバシ叩いてしまった。
「痛い。やめろ。馬鹿猫、脱臼してしまうだろうが。とにかく落ち着けナゴ。確かに凄いことだ。だが、怪しげな気も感じるぞ」
怪しげな気。ナゴはブルッと身体を震わせた。
確かに背後から感じる。ヒカリの気にも感化されない者がいるのか。強い怨みを感じる。憎しみを感じる。誰の気だ。
天魔か。
「我の邪魔をするとは忌々しい奴だ。だが待っていたぞ。その力は我がいただく。我は負けぬ。負けぬのだ」
禍々しい気が背後から噴き出し漆黒の影が広がる。後光ならぬ後闇だ。いや、違うな。これじゃ『うしろぐらし』と読んで、うしろめたいって意味になってしまう。
天魔には当てはまらない。とにかく天魔の背後が真っ暗闇になっているってことだ。まるで夜を背負っているみたいだ。
これはまさに光と闇。
天魔の纏う闇の力とヒカリの纏う光の力には大きな差がある。もちろんヒカリの力が上だ。圧倒的な差がある。それでも天魔の闇の力が衰えていないのはなぜだろう。そうとうな怨みがあるのだろうか。この力の差を天魔だって気づいているはずだ。それでも勝つ自信があるというのか。それともそれすら気づかないくらい狂ってしまったのか。
「天魔、怨む心はあなた自身にも悪影響があります。許すのです。慈悲の心が大事なのです。そこからはじめるのです。そして新たな自分を手に入れるのです」
「ほざけ。我の心の内を知らぬくせに何が慈悲だ。その
天魔が指差した先にいたのは翼だった。
大樹に
「ツバサだ。けど、あの肌の色はなんだ。まさか死んでいるのか」
「ナゴ、そうではない。生きている。あの気は死者のものではない」
「ミサクチ様」
ナゴは慌てて頭を上げた。コセンもムジンも同じようにしている。
「ツバサは天魔とやらに心を奪われてしまったらしい。今、あそこにいる者はツバサであってツバサではない」
そんな。それじゃどうなってしまうんだ。
「そんな阿呆な顔をするな。今のヒカリならおそらく大丈夫だ」
突然の声にあたりに目を向けたがどこにも姿はない。今の声は
「大丈夫だと。片腹痛いわ。日向、我は負けぬ」
天魔の高らかな笑い声があたりに響き渡る。
んっ、やっぱり日向がいるのか。どこだ、どこにいる。あたりを見回してみるがわからない。そうだ、今はそんな場合じゃない。
翼を助けなきゃ。無理だろうか。天魔を倒さないと助けられない。いや待て、翼が人質になっていると倒せないだろう。
どうする。どうしたらいい。
これじゃヒカリは天魔に手出しできないじゃないか。卑劣な真似を。
ナゴはヒカリに目を向けて動きを止めた。ヒカリの纏う眩しい気はより一層輝きを増していた。まったく動じていない。動揺の『ど』の字も感じさせない。それどころか天魔の闇をヒカリの光が押しやっている。これなら天魔に勝てるはず。
大丈夫だ。
「ふん、心を乱さぬとは
くそっ、天魔の野郎。腐りきっている。
ナゴは天魔に向けて駆け出そうとした。
「ナゴ、おまえが行ったところで勝ち目はないぞ」
コセンの一喝に足を止めて地面を殴りつけた。確かにそうだ。
嘘だろう。あの禍々しい気がヒカリの気を押し返しはじめた。見た感じではわからないが、ヒカリは
そうか、そういうことか。
くそっ、天魔の野郎。味方につけていた古の神々を取り込んでいるぞ。
山の神、野の神、金属の神、雷の神が天魔の身体の中に消えていく。
ああ、クシミ様まで。
天魔の力が倍増していく。
「天魔、私は誰も犠牲になどしない。私がツバサを救い、闇に沈み込んだおまえの心を拾い上げてやる」
「ほほう、おまえはツバサを助けられるとでも思っているのか。しかも、我も救おうと」
天魔は拍手をして不敵な笑みを湛えていた。
いちいち腹が立つことをする奴だ。
ナゴはヒカリと天魔を交互に見つつ考え込んだ。
ヒカリの力は凄い。天魔の力が倍増したとは言え、まだヒカリのほうに勝機はありそうだ。またヒカリの気が押し返している。大丈夫だ。そのはずだ。
気に括られた翼に目を向けて、息を吐く。策があるはずだ。そうだろう、ヒカリ。
再びヒカリを見遣り、天魔へと視線を移す。
天魔の余裕はどこから出てくるのだろう。
翼を人質にしているからか。翼の心を奪っているからなのか。古の神々を取り込んでパワーアップするからか。
まさか、何か罠がしかけてある。
ナゴは眩い高貴な光を纏ったヒカリをじっと見遣る。今のヒカリだったら罠も気づけるのではないか。そうだ、きっとそうだ。大丈夫、やはり勝機はヒカリにある。日向も大丈夫だって言っていたじゃないか。
ヒカリは天魔をチラッとだけ見遣り、翼のもとへゆっくりと近づいていく。天魔はというと、ヒカリに手を出すこともなくじっとヒカリの動きを目で追っているだけだった。
天魔は動かない。なぜだ。やっぱり何かあるのか。いいのかこれで。大丈夫なのか。
翼は助けられるのか。ヒカリを止めたほうがいいんじゃないのか。そのまま翼に近づくのは、無防備過ぎやしないか。
どうすることが正解なのだろうか。
ナゴは妙な胸騒ぎを感じて、ブルッと身体を震わせた。
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