【二】ヒカリの実家へ


 翼は祖父の仁志ひとしとともにヒカリの実家へと駆けつけた。

 祖父は若いころ救助隊の仕事をしていたらしくいろんな知識もある。一緒に捜索するとついて来てくれた。心強い味方だ。


 ついて来てくれたというか、祖父も心配なのだろう。ヒカリとは家族ぐるみの付き合いだから、孫のように思っているはずだ。

 ほら、あの顔。どう見ても、不安気だ。

 そう言う自分も心が壊れてしまいそうだ。

 目の前にいるヒカリの両親も心ここにあらずって感じだ。


孝充たかみつさん、行方不明とはどういうことだい」


 ヒカリの父の星那孝充に向かってテーブルに両手をつき、身を乗り出して問いただすひとじいの顔が怖く映った。


『ひとじい』


 そう呼ぶヒカリの声が聞こえてきそうだ。ヒカリの家に来たせいで思い出したのだろうか。

 そうそう、ヒカリが『ひとじい』と呼びはじめたから自分もそう呼ぶようになったんだった。


「そ、それが……」


 気が動転しているのかどうにもはっきりしない。孝充の隣にいたヒカリの母の奈央なおは、キッチンに行ったかと思うと玄関のほうへ行き、戻って来て座りスマホをみつめて溜め息を漏らす。


「奈央さん、落ち着きなさい。孝充さんもしっかりしなさい。ヒカリのこと詳しく教えてくれないとわからないだろう」

「ああ、はい。仁志さん、そうですよね」


 孝充はひとじいの目を見て頷いたものの動揺を隠せないでいた。奈央もまた落ち着けずに立とうとして、また座るを繰り返していた。


「それでヒカリはなぜ御弥山に登ったんだい」

「それが、よくわかないんです。ヒカリの友達のマキって子が一緒だったみたいなんですけど、おかしなことを話していて。ヒカリは、ヒカリは」


 孝充は突然手で顔を覆い泣き出してしまった。奈央もつられるようにして嗚咽おえつを漏らした。


「泣かないでください。きっとヒカリは大丈夫です」


 翼は泣く二人に思わず口を挟んでいた。

 孝充はスッと顔を上げて「そうだよね。ツバサくんの言う通りだ。ヒカリはどこかで生きているはずだよね。あの子の話は間違いだ。そうだ、そうに違いない」とひとり頷いていた。

 あの子って誰のことだろう。一緒だったマキという子のことだろうか。


「孝充さん、あの子の話っていうのはどんな話なんだい」

「あっ、はい。友達のマキって子が。あの、その、とにかく変なこと話していて」


 話によるとヒカリは吊り橋から落ちたらしい。それって……。


 翼は頭を振り、全否定をした。ヒカリは死んでいない。マキって子の証言が間違っている。精神疾患で入院しているっていうじゃないか。そんな子の証言を鵜呑うのみになんてできない。


 明日にでもマキのところへ詳しい話を聞きに行くべきだろうか。



***



 唯一の目撃者だから直接話を聞いたほうがいい。ひとじいはそう話すけど、精神疾患のマキの話を聞いたところで意味がないのではないだろうか。


 翼は歩きながら考えを巡らせる。

 今更、考えたところで仕方がないとわかっている。もう、マキの入院している病院にいるのだから。


 それでもダメだ。つい考えてしまう。

 妄想話なのではないのか。本当にマキはヒカリと一緒に御弥山に登ったのか。そこからして事実は違っているのかもしれないじゃないか。


 待て、待て。そこまで疑わなくてもいい。

 現実的に考えてみろ。


 ヒカリが吊り橋から落ちていく姿を見て、ショックで精神に異常をきたしたというのが自然だ。そうなるとマキの話がすべて間違っているとは言えない。


 果たしてそこに真実はあるのか。

 わからない。


「ツバサ、どうやらここにマキとやらがいるらしい」


 えっ、ここに。

 ひとじいは「それじゃ話を聞くとするか」と病室の扉を開けた。


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