【十八】女王の立場


 金木犀の香りってなんか好き。

 ヒカリは目を閉じて深呼吸をした。


「あれ、ここは」

「んっ、やっと目が覚めたか」


 あの子は確かサヨと言っただろうか。


「あの、私は。あっ、女王様。も、申し訳ありません」


 サヨと目が合うと、サヨは飛び起きて正座をすると頭を床にくっつけた。


「ちょっと、そんなことしなくてもいいのよ。それに女王様ってのはちょっとね。ヒカリと呼んで」

「そんな滅相もありません。私のようないやしいものがそのような口を利いては罰が当たります」


 困った。これも日向時代に刷り込まれてしまった価値観ということだろうか。それとも男王によるものなのか。そんなことどっちでもいい。卑しいもなにもない。そんな格差ある世の中にしたくはない。それに自分は女王様と呼ばれるほど偉くなんかない。


「サヨ、そんなことで罰は当たらないわよ。大丈夫、私は神ではないの。同じ人間。サヨと同じなの」

「いいえ、同じではありません。特別な方です」


 ダメか。特別なんかじゃないのに。今の自分が女王なのは確かだけど、なんだか考えてしまう。

 間違っているのは自分なのだろうか。同じ人間だけど女王としてのきちんとした立場を考えなきゃいけないのかもしれない。


 日向のようにならなければいけないのだろうか。それは何か違う。自分には日向のようにはなれない。

 どうすればいいのか。床をみつめて、考え込んだ。考えに考えて、一つの絵が浮かんだ。


 天皇陛下と皇后陛下の姿だ。


 サヨにとって自分は天皇と同じ立場にいる存在だ。そう思えばサヨの対応に納得がいく。卑しいとまでは思わないけど、自分も畏まってしまうはずだ。それでも皆と仲良くいたい。親しみのある女王でいたい。


 そうえいば一度だけ天皇陛下と皇后陛下の乗る車が偶然目の前を通り掛かったことがあった。二人とも笑顔で手を振ってくれた。


 上野動物園に行く途中の細い道でのことだ。あのときのことは忘れられない思い出だ。


 あの二人のようになれたらいいのかもしれない。そうすれば、身近な存在になれるはず。特別な存在でもあるけど親しみある人でありたい。

 ヒカリはそう強く思いサヨに微笑みかけた。


「ああ、おいら腹が減った。サヨ、メシの支度を頼むよ」

「はい、ナゴ様」

「まったくしかたがない奴だ」

「なんだ、コセンは食わないのか。サヨ、コセンの分は用意しなくていいらしい」

「おい待て。そんなこと一言も口にしていないぞ。我の分も用意してくれ」


 ナゴは口を押えて笑いを堪えていた。

 サヨも頬を緩ませてナゴとコセンの様子を窺っていた。そうそう、こういう関係性だ。


 ナゴはニヤリとしてこっちに向けて瞬きをしてきた。

 教えてくれたのだとそのとき理解した。ちょっとエッチで食いしん坊でふざけたところあるけどナゴは優しい。神獣だしちょっとくらい大目にみてあげよう。大きな猫のしたことだと思えば胸やお尻を触られたことくらいなんてことはない。


「ヒカリもムジンもメシ食べるだろう」

「ああ、俺様もペコペコだ。狼どもの相手をして体力消耗したからな」

「あっ、私もお腹減っているみたい。サヨ、お願いね」

「はい、今準備してきます」


 サヨは元気よく返事をすると部屋を出ていった。

 木戸の隙間から、そよ風が入り込んで髪を揺らせる。


 あっ、金木犀の香り。良い香り。癒される。


 そういえば嫌な臭いもどこかへ消えてしまったみたい。金木犀って本当に魔をはらう効果があるのだろうか。強い香りが邪気を祓うってことなのだろうか。


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