【三】第六感を信じて
「ヒカリ、大丈夫。なんだか顔色悪いよ」
マキへ顔を向けて、我に返る。
「えっ、ああ。大丈夫、大丈夫」
「大丈夫ならいいけど。ねぇ、もう帰ろうよ。それとも駅前のショッピングモールに行こうか」
「うん、そうだね。でもちょっと待って」
再び、大きな狸のほうに目を向けると姿は消えていた。声も聞こえない。
なんだったのだろう。幻だったのだろうか。
帰ったほうがいいだろうか。でも。
迷いが生じたその瞬間、木々がザザザザーと騒めき鼓膜を震わせビクついた。木々の大波が襲い掛かってきたのかと勘違いしてしまった。
もう、なんなの。驚かせないで。
木々を見回していると、またしても騒めき出して身を縮こませる。
心臓の鼓動が速まっていく。ここに居たくない。帰るべきだ。
『ミヤヤマだぞ。いいな』
ハッとして目を凝らす。森には誰もいない。
御弥山に行くべきなのだろうか。
あそこは神事のとき以外は立ち入り禁止されている。入れる場所は限られている。そこへ立ち入ったら、災いが起きてしまう。それはどんなものなのだろう。
どうしたらいい。本当に行くべきなのか。
決断できない。迷ってしまう。
行くべきか、やめるべきか。
さっきの声が不意に頭の中を支配する。
ああ、ダメだ。『行くな』という自分と『行け』という自分が
もう、もう、もう。
気になってどうしようもない。
あの狸がチラつく。
やっぱりスッキリ解決させなきゃ気持ちが収まらない。マキには申し訳ないけど付き合ってもらうしかない。
ヒカリは古墳の先にある山をみつめた。
御弥山か。そんなに遠くない。きっと、あそこには何かがある。自分はおそらく呼ばれている。
この気持ち、間違っていないでしょ。
強くそう思ったら、草むらが揺れた。
あっ、狸だ。さっきの狸だ。
あれ、狐もいる。猫もだ。何これ。どういう組み合わせ。こんなことってあるだろうか。目が合うとすぐに草むらの中に姿を消してしまった。
狐と狸と猫。
狐と狸ってあまり仲良くないんじゃないの。違うのか。あれは物語だけのことだろうか。
そんなことはどうだっていい。
第六感が、御弥山へ行けと訴えている。誰ともわからない力が背中を押してくる。
そうよ、誰がなんと言おうと行くしかない。
ヒカリは再び御弥山へ目を向けた。
「マキ、御弥山に行こう」
「えっ、何それ。本気」
「もちろん」
ヒカリは自転車に
「待ってよ。行くわよ、行けばいいんでしょ」
背中の向こうでマキの溜め息が聞こえた。
マキの言いたいことはわかっている。御弥山は神獣の住む山なんて言われている。無闇に立ち入ってはいけない場所。
山の中腹あたりにある鳥居の先に行かなければ問題ない。大丈夫。
神獣の住む山か。
さっきの大きな狸は、もしかして神獣だったのだろうか。狸、狐、猫の三匹の組み合わせも気にかかる。あの子たちも神獣なのか。眷属的な感じだろうか。
とにかく、何かありそうなのは間違いない。あくまでも勘だけど。
やっぱり呼ばれている。神獣に。
勝手な思い込みって可能性がないわけじゃないけど、行くと決めた。
大きな狸も目の錯覚だとしてもいい。声も幻聴だとしてもいい。
この気持ちはなんなんだろう。
怯える自分もいるけど、なんだかワクワクしてしまう。
御弥山を目指して、自転車を立ち漕ぎする。
ああ、なんだか風が気持ちいい。
あっ、黒アゲハチョウだ。
ちょっと待って。こんな時期に見られるはずがない。いや、いてもおかしくないか。
蝶に詳しいわけじゃない。
蝶は春って勝手に決めつけているだけだ。よく考えて見たら蝶をみかけるのは春だけじゃない。
『アゲハさん、そうでしょ』
あれ。黒アゲハチョウがスッと掻き消されてしまった。
幻覚だったのだろうか。そうだとしたら、自分はやっぱりおかしくなってしまったのだろうか。何度も幻覚を見ることは普通じゃない。
まさか、そんなはずない。自分はどこも悪いところはない。正常だ。
幻覚でも幻聴でもない。見えている。聞こえている。間違いじゃないはず。
そのほうが面白い。
ファンタジーの世界観、大好き。そうそう、自分がその世界の主人公で……。
何を考えているのだろう。馬鹿みたい。漫画じゃあるまいし、現実にそんなこと起こるはずない。それでもいい。だって楽しいんだもの。
自分は妄想族だ。なにそれ。
思わず、吹き出しそうになった。
とにかく御弥山へ。きっと、あそこへ行けば何かわかる。今、起きていることが幻覚でも幻聴でもなく正常だって証明してあげる。
『行け。私』
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