08

 案内された客室に入り、ソファにそれぞれ座る。四人の前のテーブルにはそれぞれコーヒーが出された。

 コーヒーカップを手に取り、国王は少し考える素振りを見せる。


「〔何から話そうか。まずはセレンの出生についてから──〕」

「〔私が陛下の娘であるということですか〕」

「〔! 知っていたのか〕」


 言いかけたことをセレンが繋ぐと、国王は驚いたようだった。確かに最近まで知らなかったことだが、悠仁のことだ、聞けば話してくれただろう。

 十六年前、国王は当時まだ王子で、王妃とは結婚もしておらず婚約者という段階。フレスティア家に子供は一歳になるアトリ一人。


「〔夫も子供も居ると知っていながら、シンディには悪いことをしたと思っている〕」

「〔陛下は何も悪くありません。この件は、母が仕組んだことですから〕」

「〔何?〕」

「〔父は恐れていました〕」


 シンディは、母の名。十六年間、国王はずっと自分の過ちだと思って過ごしていたのだろうか。そうだとすれば、フレスティア家当主としての役割を果たす為に王子さえ利用したことといい、母もなかなかに酷い人だったのだろう。

 優しいだけではいけない。強いだけではいけない。賢いだけではいけない。

 全てを兼ね備えた上で、狡くもならなければならないことがある。それが人の上に立つ者としての資質だと言えるだろう。

 セレンの父・オズワルドは、シンディと愛し合っていたわけではなかった。フレスティア家当主としての役割を果たす為の政略結婚。その結果、アトリが産まれはしたが、それ以上を望むにはオズワルドがあまりにもフレスティアを恐れていた。

 人とは違う能力ちからを持った異質な存在。人より長く、若い姿のままで生き続けるということ。

 全てがオズワルドにとって恐ろしく、本来ならば関わりたくも無かったのだろう。だから、二人目を望むことは出来なかった。

 だがフレスティアは「特別貴族」と呼ばれる者だ。その当主ともなれば、国王と同等の権力ちからを持つ。血を繋がなければいけないとされる一族故に、子供が一人しか居ないというのは不安要素でしかない。

 だからシンディは利用したのだ。例え一時的な気の迷いでも自分に靡きそうな男を、自国の王子と分かった上で。


「〔陛下は母に利用されただけです。『フレスティアの子供』を産むために〕」

「〔そう、だったのか。ならばシンディは、私を恨んではいないのか〕」

「〔何故恨む必要が?〕」


 ふ、と笑みを零す。心底安心したような国王の姿が、何だか滑稽だった。騙されていたも同然だというのに、シンディを心配するなんて。

 やはり彼は、優しい。国一つ任せてしまうのが心配になる程に。優しいだけでは、人を、国を、動かすことは出来ないから。

 現国王が王妃と結婚したのはちょうど二十歳になった年。今から十三年前だ。セレンの誕生とは被っていない。

 二人の間に一人産まれていた王子は、十一年前の王家の事件で亡くなっていて、以後二人に子供は居ない。王家の生き残りである二人が国王と王妃になったのもその時。今も国王はまだ若いと言える。


「〔その話は、どこで〕」

「〔母の手記に残っていました〕」


 フレスティアの書室、その中にある一族の記録に、シンディはそれらも全て残していた。記録として残していたと同時に、いつかはセレンが自身でそこに辿り着くようにとのことだったのかも知れない。

 例え悠仁の情報が無くても、フレスティアに戻ることがあれば分かったことだったということだ。


「〔だが現状、王家の血を引くのはセレンのみとなる。お前が居なくてはフランシカ王家はもう立ち行かない〕」

「〔その点についてもお話しようと思っていました〕」


 この国王は、やはり頭が良くないらしい。


「〔そもそも十二年前、お二人は王子を産んだ実績があります。それなのにその後お子さんが授からないのは、何故だと思います? 十一年前の事件は、もう終わったことだと思っていますか?〕」

「〔……!〕」


 まだ十五の歳のセレンでも考えつく事に、今まで気付かなかったというのか。

 ただ優しいだけの、強くも賢くもない王が、よくこの十一年国を傾けずにやって来れたものだ。いや、もしかすると、水面下ではもう。

 そんなことを考えるくらい、危機感が無い。最早優しさと言うのも疑問視されるそれは、国を、人を危険に晒しうる「甘さ」だ。

 目を上げて桂十郎を見る。


「毒入りを証明するには、あたしが飲むのが一番手っ取り早いんだけど」

「駄目だ」

「だよね……」


 ちょっとした毒程度なら何とも無いのに。

 そういう問題でも無いと分かっていないセレンは、不満気に視線を落とした。

 食事や飲み物に、少量ずつ、気付かない程度の毒を盛り続けていると考えるのが、安置ながら分かりやすい。例えば、不妊になるもの。挙げればいくらでもあるだろう。

 毒の確認が出来ないなら、と手の中から封筒を出す。書類サイズの茶封筒はそれなりの厚みだ。封をされていないそれの中から、三枚ほどを取り出してテーブルの上に置く。

 不思議そうにそれを見る国王は、そこにある顔写真を見て眉を寄せた。


「〔陛下は少々、危機管理が不十分なようですね〕」

「〔これは?〕」

「〔この城内で働く者、頻繁に出入りする者の中でも、不穏因子と取れる者達のリストです。これはその内の一人。残りは封筒の中。こちらの情報屋が調べただけでも、十ではきかない人数となっています〕」


 出したものは、先程謁見の間でセレンと桂十郎を襲撃しようとした男の情報。

 この情報は、セレンがフランシカに来てからセディアに揃えさせたものだ。ざっと調べてこの程度、と言っていた。詳細まで確認すれば更に増えるだろう。

 十一年前のことに関して、王家の事件は犯人も捕まり、表向き解決したかのように処理されている。だがそんな簡単に終わるだろうか。

 現国王と王妃の二人だけを残して、他の王族全員を暗殺出来たレベルの者が、本当にそんなにあっさり捕まってしまったと言うのか。

 答えは「否」だろう。セレンは、十一年前に捕まったのはあくまでトカゲの尻尾切りでしか無いと思っている。必ず黒幕が居る筈だ。そしてそこまでした者が、このまま終わるなんてことも無い。


「〔十一年前の事件も然ることながら、さっきの襲撃といい、これだけ不穏因子を野放しにしてる事といい、フランシカ王家は随分と不祥事が多いな?〕」


 セレンの隣、腕を組み足を組み、桂十郎が冷めた声で言う。冷めているようなのに、どこか笑っているようでもある。


「〔王家と国家政府を分けるべきか?〕」

「〔……っ〕」


 淡々とした桂十郎の言葉に、国王が声を詰まらせた。これを公的な言葉として正式に処理するとすれば、つまりフランシカ王家から政治活動権を剥奪するということだ。

 ひとつ、セレンは小さくため息をつく。これは庇えない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る