14

 次の暗殺対象ターゲットを追っていたところで、桂十郎の姿を見た。最近はやたらと桂十郎に遭遇している気がするし、それが二度や三度ではない。これまではエミルとしてだったが、今日はアイスだ。

 夜の闇の中で周りに『Sleeping Sheep』の面々を連れて歩く様子は、さながら大家族の父親……いや、これは何と表現すべきなのか。

 アロハシャツにサングラスの桂十郎も然ることながら、その隣を歩く黒ずくめの男もまた怪しい。少年達のリーダーである東間青水なのだが、いかんせん見た目があまりに不審者だ。

 彼らに用はないのだが……まあ、今回のターゲットが狙っているのが桂十郎なのだから仕方ない。今の桂十郎の護衛は、あの『羊』たちといったところか。ならばられる心配はない。彼らの実力は、全て知っているわけではないが信用している。

 つい最近まではまともに相手になる者すら居なかったアイスと、同等かそれ以上の力を持つ者たち。そして青水に関しては、比べる気力も湧かない程の力がある筈だ。そんな者に囲まれている以上、ターゲットは桂十郎に手を出せないだろうし、出してもあっという間に返り討ちだ。

 いつだって、個人なり組織なりに、桂十郎は狙われる立場にある。世界大総統とはそういうものだ。故にそれを守る存在もある。一人でフラフラと出歩いているように見える時でも、恐らくは何らかの形で守り手が着いているのだろう。

 とはいえターゲットの居る組織、その全員を彼らに殺されては困る。自分の「仕事」が混ざっているからだ。そこだけはこちらで仕留めなくては、『氷の刃』の沽券に関わる。

 組織の一人が動くのを目の端に、アイスもすぐに動いた。桂十郎を囲うように居る『羊』、その更に前に降り立ち、放たれたボウガンの矢を弾き落とす。

 それからすぐ、リン、と鈴を鳴らした。


「ふふ……こんばんは。『黒獣の牙』リーダー、アルク・マクラウド。あたしとも遊んでちょうだい?」


 戦闘態勢を取る四人の少年や、ピュウ、と口笛を吹く桂十郎とは打って変わり、気付いていたのか、青水は無反応だ。動くのは自分ではない、ということもあるだろう。

 ぱっと場を離れたのは、近距離派と思われる二人。東間風と蘇芳氷だ。それぞれ大鎌と剣を手に、敵陣へと飛び込む。桂十郎の傍に残った者も居るのを確認してから、胸元に揺れるネックレスを外して放り、アイスも同様に敵陣に入った。


「あ、のフォローもよろしく」

「はぁぁあ!?」


 世間話のついでのような軽さで青水が言い、山吹ひわがそれに「有り得ない」という反応をする。と似たり寄ったりな状況だ。正直なところ、アイスにとっても意味が分からないし気持ち悪い。完全にひわに同意する。

 ネックレスを外すことで、彼女は『能力ちから』を解放する。それによって物理的な攻撃では一切彼女を傷付けることは出来なくなるが、かといってそれが彼女の「本気」ではない。

 集まる雑魚をほとんど無視して、まっすぐターゲットであるリーダーの方へ向かう。勿論攻撃を向けられはするが、それらは時折ひらりひらりとかわすもの以外は全てするりとアイスの身体を抜けて行った。

 ターゲットであるアルクの前に立つと、アイスは凍えるほどの冷気と殺気を放つ。いつも通り、完璧に美しい笑顔で。


「大総統府側の差し金か?」

「答える義理は無いわね」

「何故私が狙われるのか、知っているのか」

「さあ? そんなことまで興味無いわ。あたしはただ、依頼されたことをこなすだけ」

「フン……人形マリオネット風情が」


 大組織のリーダーだけあって、どうやら怯む様子はない。だがアイスには、その実力の差が見えていた。

 この程度なら一人でどうとでも出来る。つまり、『羊』たちを相手取ってもやはりこの男に勝ち目など一切無い。油断さえしなければ多少遊んでも何の問題も無く終わるだろう。

 情報は、全て『夢幻桜』たる悠仁が取ってきている。依頼の理由もそこに含まれるため知ってはいるが、それをわざわざターゲットに教えてやる必要など無い。

 今回のターゲットであるアルク率いる『黒獣の牙』は、反大総統派の過激派だ。そして依頼主は、同じ反大総統派の過激派組織である『暁の使徒』。とにかく世界大総統が殺せれば良いのではなく、それを自分たちの手柄にしたいから他の組織は邪魔だということだ。

 そもそも大総統府は、己の『刃』を持っているだろう。わざわざ外部の殺し屋であるアイスに依頼する理由も意味も無い。とはいえ、アイスが『氷の刃』だと知らなければ勘違いするのも無理はないか。

 両の腰からアルクが剣を抜いた──瞬間、その両手と剣は手首から斬り落とされていた。通常、ヒュペリオン体質であるアイスに速さで適うわけがない。自身の動きに対応する為にも、動体視力も優れているのだ。


「っぐ……うぁ」

「叫ばないでね。近所迷惑だから」


 叫ぼうと大きく開いた口に、アイスが何かを放り込む。呼吸と共に飲み込んでしまったアルクは、今度は思い切り咳き込み始めた。


「っ、な、にを……」


 一通り咳き込んだ後、多少は落ち着いたのか掠れた声で問いかける。それに、またアイスはにっこりと笑った。


「キャロライナリーパーの乾燥粉末」


 非常に辛みの強い唐辛子の一種。見ての通り声が出なくなる程の刺激物だ。

 す、とアイスが上げた足の先は、アルクの鳩尾にきれいにヒットし数メートル飛んだ。思っていた以上に弱い敵にがっかりする。

 倒れたアルクにゆっくり歩み寄り、喉元を踏み付けてはアイスはその男を見下した。


「アナタ、本当につまらないわ。出来るだけ苦しめて殺すよう依頼されてるけど、その加減も面倒ね。すぐに逝く?」


 後ろでの戦いは、もうほとんど終わっているようなものだ。数ばかりだった有象無象もちょうど、氷が最後の一人を斬り崩す。いくら依頼内容がそれだったとはいえ、いい加減時間をかけすぎたらしい。

 人気が少ないといっても住宅街だ、人目についてもいけない。そろそろ片付けてしまおう。


「あ、そうそう。勘違いしているようだけど」


 喉元を押し潰していた足を一度浮かせ、今度は心窩部に向かって落とす。その足裏にナイフの刃先のようなものが出たかと思えば、アルクの心臓はそれによって貫かれた。


「あたしは人形マリオネットよ」


 何もかも従順に言うことを聞くというわけじゃない。にっこりと笑い、足を降ろす。足裏のナイフは無くなっていた。

 見られている。『羊』たちに。今、『能力ちから』を使う所を見られたのだろう。何も言わないということは、何か考えているのか。

 沈黙を挟み、やがてひわの不服そうな声が最初に響いた。


「ていうか、ほとんど僕らが殺ったじゃん。僕らっていうか、二人が」


 風と氷が。

 なるほど、一人だけ働きが悪いと文句を言っているのか。これは笑って返すところだ。


「あたし、余計な『仕事』はしない主義なの」

「……やっぱあの子殺していい?」

「ダメです。言われてるでしょ?」


 どうやら挑発と取られたらしい。怒らせてしまったようだ。まあ、それによってどう転ぼうとさしたる問題ではないのだが。

 だから何で! と不満げなひわを、青水が苦笑しながらなだめている。微笑ましい光景だ。

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