08

 執務室に戻った桂十郎の視界に一番に飛び込んで来たのは、遊亜の笑顔だった。いつもながらこれは恐ろしい。確実に増えている書類の山が見えるようだ。


「あの……もっと早く、戻るつもりはあったんだけど……」

「ふーん」


 何と言うか、東間邸に飲みに行っているいつものよりも恐ろしい雰囲気だ。まるで何でもお見通しだとでも言うような。

 口癖が「ぼくは普通」という遊亜だが、普通な人間が世界大総統の第一秘書になんてなれるわけがない。桂十郎が仕事をする上で一番敵に回してはいけないのが恐らくこの男だ。

 言い訳をするより仕事を進めた方が身のためかも知れない。そう思ってすごすごと机に向かう。

 途中ふと、何かに気付いた様子の遊亜が桂十郎の肩に触れた。


「けい、これ何……ファンデーション?」

「え?」


 ぱっと振り返ると、肩口にファンデーションの粉が着いている。ここは、アイスの顔が乗っていたあたりだ。

 また、ふーん、と遊亜が目を細める。


「仕事サボって女遊び……」

「ちょ、待っ、違っ……ご、誤解だ!」


 慌てて言うも、言い訳は出来ない。理由を話そうとすれば殺し屋に遭遇したところから話さなくてはいけなくなるし、かと言って下手な嘘は火に油だ。そもそもアイスも殺し屋だったのに介抱していたなんて、冗談でも言えることじゃない。


「大丈夫大丈夫、分かってるから」


 にっこりと笑った遊亜の笑顔は、桂十郎が見たくない類いのそれだった。


「第一秘書室にある仕事、全部持って来ておくね」

「何も分かってねぇーーー!!!」


 悲痛な叫びは、大総統府にこだましたという。

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