02

 とある執務室の奥、一等立派なテーブルを前に、一人の男性が頭を抱えていた。開いているのかいないのか分からないような目元をしているが、これが彼の常体だ。すぐ近くには物腰の柔らかな垂れ目の男性も立って作業をしている。

 テーブルの上に大量に積み上がった書類の山は、捌く毎に秘書である垂れ目の男性が片付けているが、それでもなかなか減らないどころか増えることもある始末。

 いつになれば終わるのか分からない書類との格闘に、毎度ながら嫌気がさしてくる。


「そういえば、けい、聞いた?」

「何をだ?」


 軽い調子で声をかけられて、けいと呼ばれた男性──華山かやま桂十郎けいじゅうろうは低い声をもらした。この忙しい時に、呑気そうに何の話をするつもりだ、この秘書は。


「つい最近、東間とうまが殺し屋に狙われたらしいって話」


 まるで世間話をするかのように言われ、桂十郎はピタリと手を止めた。


「は? せいが? アイツ今死人扱いだろ?」

「奇特な人も居たものだよね」


 二年も音信不通だった友人の話だ。今は家に戻っている筈だが、その生存は公表する気が無いらしい。

 故に、本来ならば狙われるなど有り得ない。

 馬鹿な殺し屋だ。本人が生きていようがいまいが、そんなことを企んでまず無事でいられる筈が無い。友人──東間青水せいすいの周りでは、それはそれは恐ろしい狼達が彼を護っているのだから。

 秘書の方も、同じ頃からの友人だ。名は佐久間さくま遊亜ゆあという。話しながらもただ笑っている様子からは、青水を心配する気配は見られない。心配する必要も無いと分かっているからだろう。青水をリーダーとするに手を出して、生きて帰れる者など居ない。


「最近、ってことはちょっと前か? もう終わってるんだろ?」

「勿論。依頼主も、依頼された殺し屋達も一掃されてるって」

「当たり前だ。よく『羊』に手ェ出そうなんて考えたもんだよ」


 依頼をではなく、依頼時点でとは容赦が無いが、それもまあいつものことだ。今更思うことがある程彼らを知らないわけではない。

『羊』と略される彼ら『Sleeping Sheep』は自分達のことをことすら嫌う。顔出しするのは最低限。その「最低限」の者以外が知ってしまえば、命は無い。


「でも、『氷の刃』とその周りの人達だけは生かしてるみたいだよ」

「は? 依頼された殺し屋か?『氷の刃』って確か、ここ数年で聞くようになった名前だよな? 何でまた」

「さあ? そこまでは知らないけど」


 皆殺しを掲げる『羊』が、わざわざ生かした。とすれば、殺さないようにと指示を出したのは青水……いや、その更に、彼が唯一「師」と仰ぐ、御厨みくりや弦月げんげつだろうか。

 それなら絶対に有り得ない話とは言えない。彼の考えることは読めないが、その指示だけは『羊』の誰もが従わざるを得ない。

 分からないなら考えても仕方がない。諦めたようにひとつ息をつき、桂十郎は元の作業に戻った。

 そろそろ、せめて机から離れた仕事が出来ないだろうか。

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