第29話 坂を登る
私たちはゆっくり、ゆっくりと坂を登った。
門になんか絶対に辿り着かなければいいのに、と私は思っていた。
だけど、この世に絶対なんてないのだ。
門の前に二人の人物が立っていた。
お手伝いさんの中で一番の古株の牧野さんと、そして、母だった。
私は坂を登る途中で、タカナシさんからもらった帽子を服の下に隠しておいてよかったな、と思った。
タカナシさんとの思い出は誰にも見られたくないから。
母はジロリと私を見て、それから、タカナシさんを見た。
タカナシさんは母の前で立ち止まり、何も言わなかった。
母は私の方を向くとたった一言。
「部屋に行きなさい」
私は拍子抜けしてしまう。もっと叱られると思っていたのに。
「さあ、行きましょう」と牧野さんが出てきて私の手をとる。牧野さんに引っ張られながら、私はタカナシさんを見上げて早口で言った。
「またね、タカナシさん。今日はありがとう」
「ええ。お嬢様もお元気で」
私は牧野さんにズンズン引っ張られる。
早足で何歩か進んだところで、
パシン!
背後で乾いた大きな音がした。
振り向くと、タカナシさんが頰押さえていた。
そんなタカナシさんを母は汚物と対峙するかのような目で見ていた。
「タカナシさん!!」
私が咄嗟に声をあげると、タカナシさんは顔をあげた。
タカナシさんは私に向かってにこりと微笑んだ。いつもと同じように。
そして、それがタカナシさんを見た最後となった。
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