第13話 密会
それから私は自由な時間を見つけてはこっそり と北の森を訪れて、タカナシさんの『お仕事』を手伝うようになった。
タカナシさんはいつも笑顔で迎えてくれて、その度に私にぴったりの本を勧めてくれた。その中には漫画やライトノベルなど、母に知られれば即刻『氷川の人間とはどうあるべきか裁判』で極刑を言い渡されそうなものも多々含まれていた。
その状況に背徳的な喜びを見出していた私もなかなか肝が据わっている。
私はタカナシさんと色々な話をするようになった。きっと氷川の人間として話をしなくてもよかったからだろう。
ある日のことだ。
私は学校から帰ってくると、図工の授業で作った作品をタカナシさんに見せた。
『へー、竹とんぼですか』
『どう?すごいでしょ』
会心の出来に胸を張る私にタカナシさんは『あの、お嬢様……』と控えめに尋ねた。
『これを見た他の方々は何とおっしゃいました?』
『「氷川さん、上手だね〜」ってみんな褒めてくれたよ』
『ああ、じゃあ、えっと……実際にこの竹トンボ飛ばしました?』
『ううん、飛ばしてない。人前でそんなはしたないことできないもの』
『そうですか』
タカナシさんは苦悶の表情を浮かべて、覚悟を決めた様子で口を開く。
『はっきり言って、竹トンボとしてこれは下手くそです。万に一つも飛びません』
『なっ……!』
絶句。
そんなわけないじゃない!
と、私は小屋の外の森で自作の竹トンボを飛ばそうとするのだが私の竹トンボは何回やってもポトリと地面に墜落するばかり。
そんな私をニヤニヤして眺めるタカナシさんに私は悔しげな視線を送る。
『まあまあ、大丈夫ですよ。タカナシが今度一緒に作って差し上げ……うわっ!!』
私はタカナシさんに向かってもう一つの作品『カエルくん三号』を放り投げて報復した。
『ちょっと!! 私、カエルはだめです!!お嬢様!!!』
タカナシさんは『カエルくん三号』が紙粘土と気付くまで飛んだり跳ねたりしていた。そして唇をきっと噛んで、クスクス 笑う私の方を睨む。
『お〜じょうさま〜〜!!』
低い声でそう言って『悪い子はいねーがーー!』とナマハゲよろしく私に襲いかかる。
私はきゃー、と黄色い歓声をあげて逃げるもすぐに捕まってしまう。
結局私はタカナシさんに散々お腹をこちょこちょとくすぐられた。
私がタカナシさんの小屋へ遊びに行くたびに、タカナシさんは私にチキンラーメンを振舞ってくれた。
私はタカナシさんの作るチキンラーメンが大好きだったので毎回大喜びで食べた。
しかし、
「もー、タカナシさん、また、ネギ切るの失敗しちゃったの?」
タカナシさんが私にチキンラーメンのどんぶりを差し出すたびに、袖口からチラリと見える彼女の左手首には真新しい包帯が巻かれていた。
「いや〜、私、不器用なんですかね〜、それとも包丁に嫌われているのか……」
タカナシさんは眉をひそめて悲しそうな顔をする。
「私、ネギなくてもいいよ」
「いや、お嬢様。チキンラーメンに妥協は許されません。ネギと卵は必要不可欠です」
タカナシさんのチキンラーメンへの情熱は凄い。
「じゃあ、私が切ろうか?」
包丁なんて持ったこともなかったが、提案してみる。
すると、タカナシさんは大袈裟に頭を横に振った。
「なりません。お嬢様に万一のことがあったらタカナシはどうしたらいいか。
大丈夫です。このタカナシ、必ず上達してみますから」
「じゃあ、せめて、何かお手伝いしたい」
タカナシさんが小屋の中でチキンラーメンを作る際、私はいつも小屋の外の切り株かハンモックの上で本を読んで待っていた。あまり長い時間でないとは言え
、ひとりぼっちで退屈だった。
もし、タカナシさんがチキンラーメンを作るそばにいられたらどれだけ楽しいだろう。
タカナシさんは、「まあ」と両手を合わせて嬉しそうな顔をした。
「お嬢様とお料理できるなんて、とても素敵ですね。
ただ、チキンラーメンは調理過程がとても複雑な料理なんです。お嬢様がもう少し大きくなったら是非お手伝いをお願いしてもいいでしょうか?」
それを聞いて私は不服な顔をして見せた。
「大きくなったら」っていつのことだろう?
あと、何日?何週?何年後?
「あらあら、そんな顔なさらないで。心配しなくても大丈夫ですよ。大きくなったらお嬢様は必ず一流のチキンラーメンが作れる料理人になりますから」
別に私は一流料理人になりたいわけでない。
タカナシさんと一緒に料理ができたら、それでいいのに。
頬を膨らませる私に、『ほら、麺が伸びちゃいますよ』とタカナシさんがどんぶりを指差す。
私は、ハッとして、慌てて「いただきます」をすると、チキンラーメンに箸を運んだ。
チキンラーメンは鮮度が命。これもタカナシさんの言葉。
タカナシさんのチキンラーメンはやっぱりとても美味しかった。
夢中で麺を啜る私をタカナシさんは優しく微笑みながら見守っていた。
「お許しください、お嬢様。いつか一緒に作りましょうね」
「うん!」
私が麺を頬張りながら元気よくうなづくと、一瞬だけタカナシさんの笑顔が曇ったような気がした。
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