第043話 天使は変なのが多い


 私は超特急で上空を飛んでいる。

 正直、霧の状態ではあるが、太陽に照らされていると、非常に不快だ。

 だが、今はそんなことはどうでもいい。


 キミドリちゃんのピンチなのだ。


「ベリアル、≪奈落≫のアーチャーの情報を教えて」


 私は移動時間の間に、敵の情報を把握しようと思い、ベリアルに尋ねる。


「侯爵級天使、≪奈落≫のアーチャー。人間の聖職者を騙し、性的暴行を与える天使で有名だ」


 それ、相手は男でしょ。

 おえっ……

 私は百合以外のカップリングは認めない。

 ましてや、男同士なんて最悪だ。


「クズね」

「君が言うかね? まあいい。魔法の腕はかなりのものと評判だが、肉弾戦は不得手らしい。そういう意味では青野君にも勝機はあるのだが…………」


 ベリアルが言いたいことはわかる。

 アーチャーはハワーがやられたことを知っていた。

 そして、キミドリちゃんが剣士であることも知っている。

 そこまでわかっているアーチャーがキミドリちゃん相手にまともに戦うとは思えない。


「マズいわね……」

「青野君は吸血鬼になったのだろう? 簡単には死なないと思うが……」

「キミドリちゃんにはまだ血の操作を教えていないの。吸血鬼は不死だけど、血を一定量失えば、活動が出来なくなる。そうなったら、後は血を完全に抜かれて死ぬわ」


 吸血鬼にとって、血は魔力であり、生命力だ。

 私がエターナル・ゼロの血をすべて吸いつくして殺したように、血をすべて失うということは吸血鬼の死を意味する。


 こんなことならキミドリちゃんに血の操作を教えておくべきだった。

 血の操作を覚えておけば、生存率はぐっと上がるからだ。


 私は今まで、眷属達にこの魔法を率先して教えてきたが、こっちの平和な世界では優先度がそこまで高くないと判断していた。

 だが、天使がいるのならば、それは間違いだった。

 服を作る魔法よりも優先して教えるべきだったのだ。


「くっ…………自分の無能さが悔しい」


 私は思わず、自分の失敗の悔しさが口に出る。


「落ち着け、ハルカ。キミドリはAランク2位にまでなった実力者じゃ」


 ウィズが焦る私を落ちつかせようとしているのがわかる。


 落ち着け。

 ベリアルも言っていたが、こんな時にこそ落ち着かなければならない。

 キミドリちゃんは強いし、サマンサもいる。

 万が一にでもキミドリちゃんに何かがあることはないと思う。


「ごめん。ありがと」


 私は冷静さを失いかけていたことを謝り、落ちつかせてくれたことに感謝した。


「気にするな。おぬしの気持ちもわかる」


 私はキミドリちゃんを眷属にした。

 キミドリちゃんは背も高いし、可愛い系よりもきれい系だ。

 はっきり言って、私の好みじゃないし、抱きたいとも思わない。


 だが、私はキミドリちゃんを眷属にした。

 足を失い、気丈にふるまう痛々しい姿のキミドリちゃんを眷属にした。


 それは他の眷属達に対する愛情とは異なる感情だ。

 ましてや、同情なんかでもでもない。

 

 私は単純にキミドリちゃんに友情を感じていた。

 ロクに友達がいたことのないレズ女が初めて抱いた友情だ。


 だから、キミドリちゃんを眷属にした。

 図々しくて、明るいキミドリちゃんのままでいてほしかったから。


「明日からはキミドリちゃんに優しくするわ」


 私は自分の感情を整理し、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


「それはやめとけ。あやつは増長すると、ロクなことにならん」

「完全に同意だ。青野君がギルドマスター時代にやっていたことは横領だけじゃなかったぞ」


 2人の言葉を聞いて、私はキミドリちゃんに今まで通り、接することに決めた。




 ◆◇◆




 私は30分程度の時間をかけ、東京に戻ってきた。

 さっきまでいた街もそこそこの大きさの街だったが、やはり東京とは比べ物にならない。

 霧になり、上空から見渡すと、それがよくわかった。


 私は東京に入ると、すぐに強力な魔力を感知した。


 いた…………

 アーチャーに…………キミドリちゃんもいる……


 すでに戦闘は始まっているようだ。

 だが、キミドリちゃんの魔力も感じ取れるということは、キミドリちゃんはまだ生きているということである。


「見つけたわ!」


 私は探知の結果をウィズとベリアルに告げる。


「どこだ?」

「ギルドか?」


 私は2人にそう聞かれて、ハッとした。

 キミドリちゃんとサマンサの2人は今日、ダンジョンに行っているはずだ。


 だが、アーチャーとキミドリちゃんを感知した位置は方向的に北千住のギルドではない。

 この場所は…………


「私達のマンションよ…………」


 そう、方向、距離的に間違いない……

 間違いなく、アーチャーとキミドリちゃんは私達のマンションにいる。


「それは少しマズいな。そんな人が多い所で、ましてや、昼間から戦われては困る」


 ベリアルが言いたいこともわかる。

 しかし、キミドリちゃん達は何故、家に帰っているのだろう?

 もうDランクに上がったのだろうか?


 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 急がなければ!


 私はスピードを上げ、自分たちのマンションを目指した。


 そのまま空を飛んでいると、都会の街並みも見覚えのあるものに変わっていく。

 そして、私の目には最近住み始めた10階建てのマンションが見えてきた。


「ハルカ! 屋上じゃ!」


 ウィズが大きな声でそう言ったので、目を凝らして屋上を見ると、確かに人がいるのが確認できる。

 というか、一人は宙に浮いていた。


「アーチャー!」


 遠目でも、あの髪の色はわかる。

 屋上で宙に浮いているのは、≪奈落≫のアーチャーだ。


「屋上か……まあ、そこなら人も来ないか……」


 ベリアルはほっとしたようにつぶやく。


 私達のマンションは屋上への立ち入りが禁止である。

 なので、住人は来ない。

 逆に言うと、キミドリちゃんはどうやって屋上に行ったのだろう?


 いや、そんなことはどうでもいい。

 今はあそこに行くことが優先だ。


 私はそのままマンションを目指し、飛んでいく。

 そして、マンションの屋上まで来ると、アーチャーとキミドリちゃんの間に降り立ち、霧の魔法を解いた。


 パッと見の状況はよろしくない。


 キミドリちゃんは剣道少女姿であり、片膝を突いた状態で剣を構えているが、白い胴着は所々、赤く染まっている。

 宙に浮いているアーチャーはそんなキミドリちゃんと降り立った私達を見下ろしている。

 そして、そのアーチャーの下には、サマンサが倒れていた。


「あらあら。もう来ちゃったの?」


 アーチャーが頬に手を当て、余裕そうな表情で言う。


「ハルカさん!」


 後ろからキミドリちゃんが声を上げた。


 私はアーチャーをウィズとベリアルに任せ、キミドリちゃんの下に駆け寄る。


「キミドリちゃん、大丈夫?」

「なんとか…………サマンサさんも大丈夫だとは思います」


 キミドリちゃんは気丈に振る舞っているが、声が弱々しい。

 血を流しすぎたのだろう。


「状況を教えて。キミドリちゃん達は何でマンションにいるの?」

「午前中にダンジョンに行っていたのですが、サマンサさんが忘れ物をしたので、昼食がてら家に帰ってきたんです。そうしたら、急に強い魔力を感じましたので、屋上に来たんです。ここなら人は来ませんしね…………あとはまあ、ご覧のような有様です」


 おそらく、異変を察知し、サマンサの霧の魔法で屋上に来たのだろう。

 そして、ここでアーチャーと戦った。


 サマンサは魔法が得意だし、魔力は高いが、戦闘能力は私以下だ。

 キミドリちゃんも強いが、遠距離攻撃のすべを持っていない。

 うまく連携すれば、戦えたのだろうが、出会ったばかりの2人では、そこまでは出来ないだろう。

 ましてや、キミドリちゃんはともかくサマンサはそういうことが苦手だ。


「フフフ。いやいや、2人とも、十分に強かったわよー。私相手にこんなに持ったんだから」


 私とキミドリちゃんの会話を聞いていたであろうアーチャーは余裕の笑みを浮かべている。


「君は随分と余裕だな。こちらは青野君や≪狂恋≫を除いても、3人いるのだが……」


 ベリアルは片手をポケットに突っ込み、タバコを吸いながら宙にいるアーチャーを見上げた。


「フフフ…………これでもかしら?」


 アーチャーが不敵な笑みを浮かべると、アーチャーの下で横たわっているサマンサの周りに透明な結界が現れた。


「ほう…………人質かな?」


 ベリアルがアーチャーの意図を察する。


「そういうことよ。あなた達がどのくらいの強さを持っているかはわからないけど、先ほどの力を見る限り、雑魚ではないでしょう。私は安全第一なの」


 さすがは天使。

 卑怯だ。


「私は一切、気にせんが……」


 ベリアルが薄情なことを言っている。


「ふざけんな! サマンサに何かあったら私があんたを殺すからね!!」


 私は人質を見捨てようとしているベリアルを怒鳴った。


「ふむ…………そう言われてもな…………」


 これだからリョナ悪魔は困る。

 私のかわいいサマンサに傷がついたらどうすんだ!?


「やいやい、アーチャー! サマンサを返せ!!」


 私はベリアルには任せておけないと思い、アーチャーを指差し、啖呵を切る。


「返せって言われてもねー。頷けるわけないじゃない」


 アーチャーは困ったような表情で言葉を返した。


「あんたの目的は何!?」

「この子、バカなのかしら? さっきハワーの仇を取るって、言ったじゃない」


 そういえば、そうだった。


「…………えーっと、うーんっと、かたき討ちはやめた方がいいと思う!」


 いい方法がまったく浮かばないよぅ……


「本当にバカなのね…………かわいそうに……」


 なんか同情されたし……


「うるさい!! サマンサを返せー」

「バカなガキの相手は疲れるわ…………まずは、うるさいあなたから始末しましょう」


 アーチャーはそう言うと、右手を天に掲げた。

 すると、手の上に尖った氷の柱が現れる。


「動いちゃダメよぅ……」


 アーチャーはそう言って、私に狙いを定める。

 そして、尖った氷の柱がものすごいスピードで私に向かって飛んできた。


「ハルカ! 避けろ!」


 ウィズが声をあげるが、私は躱せない。

 ものすごい勢いで飛んできた氷の柱は私の胸を簡単に貫いた。


 氷の柱が刺さった私の胸から血がどくどくと流れていく。


「ハルカさん!」


 後ろでキミドリちゃんが叫んだ。


「あら? 仲間想いなのねー。避けたらそっちの子を串刺しにするつもりだったのに」


 アーチャーは感心したように言うが、私は別にキミドリちゃんを庇ったわけじゃなく、単純に速くて、躱せなかっただけだ。


「ぐふっ」


 私は血を吐くと、膝をつき、そのまま倒れた。


 この程度はノーダメージだが、このまま死んだふりをし、隙を見てサマンサを救出する作戦なのだ。


「いや、あなたはそのくらいで死なないでしょ。さっき、私の魔法で脳天を貫いたのに平気な顔して、ここにいるじゃない……」


 うーん、バレてる。


 私は何事もなかったように立ち上がると、胸に刺さった氷の柱を引き抜いた。

 氷の柱を引き抜くと、私の胸からどんどんと血が流れていく。


「それほどの傷を負って、平気な顔をしているのはすごいわね。さすがは吸血鬼といったところかしら?」


 アーチャーは私を見て、感心した。


「ふっふっふ。そういえば、私は名乗ってなかったわね。我こそは王級吸血鬼、ハルカ・エターナル・ゼロなり! ひれ伏せ! 恐怖しろ! そして、どっか行け」


 私は腰に手を当て、堂々と名乗りを上げた。


「へえ……」


 私の名乗りを聞いたアーチャーはビビったのか、地面に降りてきた。


「ハルカ・エターナル・ゼロ…………≪少女喰らい≫ね。これは本当に大物が来たわ」


 アーチャーは真面目な顔をしながら私をまじまじと見ている。


 そして、口を三日月形にし、にやーと笑った。


「大物ねー……本当に大物!! 雑魚で有名な最強の王じゃないの! 弱いくせに絶大な魔力を持つ美味しい獲物!! 私はツイてるわー。こーんなつまんない世界に呼ばれたと思ったらとんでもない極上の獲物に出会えた…………決めたわー。あなたは殺す。そうね…………あなたが私に殺されるなら、このガキもハワーの仇の女も見逃してあげるわ」


 アーチャーが私を見る目は完全にメタルなスライムを見つけた勇者の目だ。


「我を殺す? 我は不死だぞ?」


 なめんな。


「ええ、不死ね。でも、血をすべて焼却すれば、さすがに死ぬでしょう?」


 アーチャーはそう言って、手を天にかざすと、今度は大きな火球が現れた。


「その程度の魔法で我を滅せられると思ったのか…………侯爵級風情が!」

「あら、怖い。でも、この炎は一度、当たれば、すべてを焼き尽くすまで収まらないの。あなたが変なことをしなければ、時間をかけてでも、あなたを殺せるわ」


 私が何かをしようとすれば、人質を殺すってことか…………


『ハルカ、妾は以前、おぬしを優先すると言ったな?』


 見かねたウィズが念話で言ってくる。


『ダメよ…………サマンサが…………』

『しかしなあー』

『いいから! あんたは何もするな!』


 私はウィズを無理やり止めた。


「じゃあ、さようなら! 大丈夫よー。私は約束をまも、る、か…………ら? ごふっ!」


 アーチャーが魔法を放とうした瞬間、アーチャーの胴体から光る剣が生えてきた。


 そして、アーチャーが口から血を吐くと、上空の火球が霧散する。


 アーチャーはその場で崩れ落ちた。


 そして、その後ろには、光る剣を持った黒髪の少女が無表情で立っていた。


「話が違うじゃない……!」


 アーチャーは恨めしそうにその少女を見上げる。


「話? あなたの役割は邪魔者の排除でしょう? 邪魔者じゃない人を排除してどうするんですか…………これだから天使は使えない」


 黒髪の少女はそう言って、光る剣を振り下ろし、アーチャーの首を刎ねた。

 非力であろうその細腕の力とは思えないほどあっさりと上級天使の首を刎ねたのだ。


「やはり他人は信用できない。何の役にも立たない。すべてが等しく愚かしい」


 少女は濁った目をして、死にゆくアーチャーを見つめる。


「そう思いませんか、はるるん様?」


 少女は……サマンサは濁った目で私を見つめてくる。


 私には、その濁った瞳の奥にある強烈なまでに狂ったサマンサの心の内が見えていた。

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