第022話 見覚えのある場所、見覚えのある男達


「ようやく静かになったのう」


 ウィズが動かなくなったキミドリちゃんを見ながらつぶやく。


 キミドリちゃんは無事に人間を辞め、吸血鬼となった。

 その証拠にベッドで倒れているキミドリちゃんには、さっきまでなかった足が生えている。


「私は人が吸血鬼になるところを初めて見たな」


 ベリアルが感心したように言う。


「まあ、滅多に見れるもんじゃないしね。本来は血を吸ってやるし、吸血鬼にとって、性行為みたいなものなのよ。誰かに見せるものじゃない」


 そういう意味では、キミドリちゃんは観客の前で性行為をした変態さんだ。

 まあ、血を吸ってはいないからセーフ。


「これからどうするんじゃ?」

「色々と教えてあげないとね。あとはキミドリちゃん次第」

「そうか…………まあ、ギルドはクビじゃろう」


 ウィズがベリアルを見る。


「まあ、そうなるな。ギルドの金に手をつけたって言ってたし」


 ベリアルがベッドで突っ伏しているキミドリちゃんを見下ろしながら頷いた。


 キミドリちゃんは気絶するまでの間、めっちゃ文句や言いがかりを口に出していた。

 しまいには、殺すを連呼していた。

 というか、こいつ、マジでクズだったわ。


 ギルドのお金を横領しただけでなく、親の家庭菜園を潰して、駐車場にするって…………

 親御さん、泣いてるよ。


「その辺はあとにしておくとして、まずは例のヤツを始末する」


 ベリアルは無表情で淡々と言う。


「一人で大丈夫?」

「たかが、伯爵級程度の魔力のヤツだ。すぐに終わらせる」


 ひゅー!

 かーっこいい!

 さすがは、大公級悪魔、≪煉獄≫のベリアルさんだ。


「まあ、おぬしなら余裕か…………任せるとしよう」


 うーん、実に頼もしいなー。


「待ちなさい…………あのボケは私が殺す!」


 キミドリちゃんが怖い顔でゆっくりと起き上がった。

 瞳は真っ赤に染まり、顔がほぼ般若だ。


 よほどスカイ君を壊されたことが憎いらしい。


「君は寝てなさい。病み上がりだろう」


 ベリアルがキミドリちゃんを止める。


「長官、それは聞けませんね。私は最高に調子がいいです。今ならドラゴンも真っ二つに出来そうな気分です。そして、あのボケを切り刻みたい気分です!!」


 怖い気分だなー。


「えらい攻撃的になっているが…………」


 ベリアルがキミドリちゃんを指差し、私に聞く。


「吸血鬼になると、力が一気に上がるから高揚するのよ。そのうち、収まるんだけど、これは収まらないかな? 高揚というか、怨念だよ」


 憎しみの悪鬼になっちゃってる。


「なるほど…………面倒だから青野君に任せようかな。吸血鬼だし、死にはせんだろ」


 ベリアルはキミドリちゃんの対応がめんどくさくなったようだ。

 まあ、下手に恨まれて、絡まれたら嫌だし、気持ちはわかる。


「長官、私の獲物はどこですか!?」


 こえーよ。


「案内しよう。≪少女喰らい≫、≪暴君≫、君達もついてきてくれ」


 まあ、しゃーないか。

 私の眷属だし……


「キミドリちゃん、キミドリちゃんはまだ吸血鬼になったばかりだから、たいして魔法は使えないと思う。変に新しい力を使おうとは思わないで、自分の力で戦って」

「わかってますよ。私に魔法なんかいらないです。このAランク2位、≪瞬殺≫のイエローグリーンの力を見せてあげましょう!」


 …………イエローグリーン。


 探索者ネームか……

 キミドリだからだろう…………

 ダサいし、長いし、言いづらい…………

 というか、≪瞬殺≫のくせに瞬殺されたのか…………


 なかなかに痛いな……


「…………行くかのう」

「だねー」

「車で行く。下まで来てくれ」

「殺す! 殺す! 殺す! 殺す!」


 キミドリちゃーん、帰っておいでー。




 ◆◇◆




 病院の駐車場に着いた私達はベリアルの運転で現場に向かう。


 キミドリちゃんは病衣からなんか剣道少女みたいな袴に着替えている。

 袖をまくり、肩口で止め、長い黒髪をポニーテールにしている。

 そして、白い鉢巻を巻いていた。

 その鉢巻きには“殺“の文字が書いてある。


 仇討ちする剣道小町みたいだ。


「キミドリちゃんは剣を使うの?」


 車の後部座席に乗っている私は隣に座るキミドリちゃんに聞く。


「ですね。あまり魔法は得意じゃなかったんです。簡単な回復魔法とアイテムボックスくらいですかね」


 キミドリちゃんは車に乗ったらちょっと落ち着いたみたいだ。


「あー、そういえば、見事な剣捌きだったのう。ハルカの首が一瞬で落ちた」


 ウィズは感心しているが、私はちょっと嫌な気分だ。


「でしょう? ウィズさんはわかってるなー。この速い剣捌きこそ、私の二つ名の≪瞬殺≫なんですよー。まあ、昨日は瞬殺されましたけど…………」


 やっぱり気にしてたんだ。


「剣は持ってきておるのか?」

「アイテムボックスに入っています」


 ん?


「そういえば、この前も持ってたけど、いいの? 武器屋のお爺さんに厳罰って聞いたけど」


 だから、私は吸血丸を持ってきてない。

 使わないけど。

 というか、使ったことないけど。


「私は探索者じゃありませんし、職員は職員専用の出入り口がありますからゲートもないんですよ」


 へー。

 なるほどー。


「ギルド職員は探索者とは違い、一般人だからな。探索者に科せられる罰は受けんよ。ただ、単純に銃刀法違反だがね」


 前列で運転しているベリアルはミラー越しにキミドリちゃんを見ながら言った。


「長官、きれいごとを言わないでください」


 キミドリちゃんは開き直りを選択したらしい。


「まあいい」


 ベリアルはそんなキミドリちゃんを許すようだ。

 まあ、どっちみちクビだしね。


 そのまましばらく車で進んでいくと、見覚えのある道を通っているような気がしてきた。


「見たことあるなー」

「それはそうだろうな」


 ベリアルはそう言いながらどんどんと進んでいく。

 そして、めっちゃ見覚えのある工場が見えてきた。


 ベリアルは工場の敷地には入らず、手前で車を止めた。


「ここだ。あの工場に例のヤツがいる」


 うーん、見覚えがあるなー。


「ここはどこです?」


 キミドリちゃんがベリアルに聞く。


「数日前に女子高生暴行事件があった現場だ」


 私の膝に座っているウィズが見上げ、隣に座っているキミドリちゃんが私を見た。


 そんなに見るんじゃないよ。

 まるで私が悪いみたいじゃないか。


「降りるぞ」


 ベリアルはそう言って、車から降りる。

 私も2人の視線が痛いので、慌てて降りた。


 私は車を降りた瞬間、強烈な匂いを感じた。


「血の匂いじゃのう……」


 ウィズも感じとったらしい。


「そうなのか?」


 ベリアルが聞いてくる。


「これは男の血ね。それも2人」


 というか、この匂いは…………


 私は工場に向かって歩いていく。

 そして、敷地に入ると、前方にうつ伏せで倒れている2人の男を見つけた。


 私についてきていたベリアルもそれを見つけると、近づき、うつ伏せになっている2人を仰向けにひっくり返した。

 

 2人の顔は見覚えがあった。

 女子高生を攫い、ここで襲おうとしていた男2人だ。


「女の子を襲ってたヤツらよ」


 男2人をまさぐっているベリアルに教える。


「死んでるな。被害者の証言から捜索していたのだが、ここで死んでいるとは……ちなみに、君がやったのかね?」


 ベリアルがそう言い、私を見てきた。


「私は小心者なの。他人が死のうと興味ないけど、なるべく手は汚したくないの」

「まあ、君はそうだろうな…………これは切り傷か。青野君をやったのと同じだな。そこの工場内にいる」


 それは私もわかる。

 魔力を隠しているが、この距離ならさすがに気付く。


「あそこか! 殺してやる!!」


 車から降りたキミドリちゃんはまたバーサーカーになってしまったようだ。


「青野君、始末は君に任せるが、少し待ちたまえ。話を聞いてからだ」


 男2人をまさぐり終えたベリアルは立ち上がり、キミドリちゃんを止めた。


「さて、どうしたものか…………」


 ベリアルは悩んでいる。


「どうしたの?」

「あの工場は個人の持ち物だからな。仕事が増えるし、なるべく壊したくないのだ。出てきてもらえるとありがたいが…………」


 工場の中にいるヤツだって、私達には気づいているだろう。

 私とウィズ、そして、ベリアルは魔力を隠しているが、魔力の操作になれておらず、怒り狂ってるキミドリちゃんは魔力が駄々洩れだからだ。


「ベリアル、あれやってよ。君は完全に包囲されているーってやつ。あれで出てくるでしょ」

「まあ、やってもいいが、出るかな?」


 ものは試しって言うじゃん。


「こらーーー!! 出てこいクソ野郎!! スカイ君の仇を取ってやるわー!!」


 キミドリちゃん…………


 キミドリちゃんが叫び、しばらくすると、工場のシャッターがゆっくり開き始めた。

 そして、工場の中から一人の男が出てくる。

 男はもじゃもじゃの金髪であり、ギリシャ神話に出てきそうなキトンを着ている。


「うるさいなー。ん? 誰かと思ったら君かー。よく生きてたね。というか、雑魚のくせにまた来たの? 雑魚だけじゃくて、頭も悪いようだ。ぎゃはははは!」

「殺すぞ、コラ!!」


 キミドリちゃん、落ち着いてー。


「青野君、少しの間、下がってくれたまえ」


 ベリアルはキミドリちゃんの肩を掴み、下がらせる。


「ん? んんー? おやー、君は悪魔だね。そっちの猫も悪魔。そして、君は吸血鬼。なるほど。そこのサルの足を飛ばしたのに、また生えているのは吸血鬼になったからか…………」


 こいつ、しゃべり方がウザいな。


 というか、こいつは…………


「天使か……」

「天使じゃのう……」

「よりにもよって、天使か……」


 私、ウィズ、ベリアルが同時につぶやいた。


「え? 天使? 天使様? うっそだー」


 本当なんだよ、キミドリちゃん…………

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る