最終話 責任感を持たせる方法とは?


 最終目標の50階層のボス、デュラハンは強敵だった。

 俺とクーフーリン、あきちゃんの3人がかりでも苦戦し、このままではマズいと思っていた。


 しかし…………


『俺達が抑えている間にやれ!』

『そうだよ。私達はここで死ぬからルミナ君は幸せになって』

『そ、そんな…………俺はお前達を犠牲になんて…………』

『いいんだ…………誰かが犠牲にならないといけないなら俺がなる』

『そうだよ…………私達、友達でしょ?』

『お前ら…………すまない、すまない………………ありがとう』


 うっ、うっ、うっ…………

 いいヤツらだった……

 南無、南無。


「いや、死んでねーわ!」

「捏造すんな!!」


 俺が涙を流していると、煙の中からクーフーリンとあきちゃんが出てくる。

 そして、煙が晴れると、デュラハンの姿はなく、黒色の魔石と大剣だけが落ちていた。


「なんだ……生きてたのか」


 つまらん。

 感動シーンなのに。


「テメー! ふざけんな!! 殺す気か!」


 クーフーリンが憤って、俺の胸倉をつかむ。


「あのままだとデュラハンの精神力が回復したんだ。しゃーないだろ」

「いや、だとしても、お前が犠牲になるんじゃねーのかよ! 一昨日のお前はどこに行った!?」


 一昨日の俺?

 誰だよ、そいつ。


「知るか。生きてんだからいいじゃねーか。っていうか、よく生きてんな」

「テメーの魔法でダメージを抑えたんだよ!」


 そういえば、こいつらにプリティーガードをかけてたわ。


「俺のおかげだな。感謝しろ」


 というか、いつまで俺の胸倉を掴んでんの?

 おっぱいが見えちゃうじゃん。


「このクソガキ……」

「怒るな、怒るな。大人になろう」

「お前が言うな!!」


 うるさいなー。

 カルシウムが足りてないんだな。


「あのさー、デュラハンのドロップってこれー? 腕輪じゃなくて、デュラハンが持ってた剣だけど……」


 あきちゃんが魔石と剣を担いでやってきた。

 俺とクーフーリンが争っている間にドロップ品を取りに行っていたようだ。


「あん? 剣かよ。いらねー。売って、山分けだなー」


 クーフーリンは俺から手を放し、あきちゃんが担いでいる大剣をマジマジと見ながら言った。


「いやいや! そんなことより、トランスバングルは!? 俺のトランスバングルは!?」


 神様じゃない人―!

 クリアしたよー!

 トランスバングルをよこせー!


 俺が神様じゃない人に呼び掛けると、いつぞやと同様に耳がキーンとなった。


『ロクロ迷宮の50階層が攻略されました。したがって、ロクロ迷宮は必要なダンジョンと判断し、以降も存続します。以後、皆さまの活躍とダンジョン攻略を期待します』


 ………………………………いや、トランスバングルは!?


『ロクロ迷宮50階層攻略のボーナスとして、トランスバングルを与えます…………チッ、マジで倒しやがった。せっかく強化したのに』


 おいこら、なんつった?


『はい、どうぞ』


 こらーー!

 お前、デュラハンを強化してたろ!!

 デュラハンって、本当はもっと弱いんだろ!!


『うるさいな。早く受け取れ、バカ。スライムローションがいいか?』


 トランスバングルでーす。

 ちょうだい、ちょうだい。


 俺は両手を天に伸ばす。

 すると、手の中に金色の腕輪が現れた。


『感謝しろ』


 あざまーす。

 いえーい、やったぜー。

 俺の栄光と希望のトランスバングルだー!


「良かったねー、ルミナ君」


 あきちゃんがうんうんと頷いている。


「それ売って、山分けしようぜ」


 これを売るなんてとんでもない!

 クーフーリンは死んだほうがいいな。


 その後、俺達は後ろにいた連中と合流し、協会へ帰還した。


 協会に帰還すると、俺達は協会の職員や協会にいたエクスプローラ達から賛辞を受けた。

 そして、会議室に行き、本部長に成功の報告をする。


「よくやってくれた、お前達。これでロクロ迷宮は存続できる」


 本部長が俺達を労わる。


「ありがとうございます。何とか間に合わせることができました」


 俺達を代表し、リーダーである≪Mr.ジャスティス≫が言葉を返した。


「しかし、妙なことを聞いたな。デュラハンを強化していたなんてな」


 本部長がそう言うと、全員が俺を見てくるが、そんなもんは無視だ。


「おそらくそうでしょう。しかし、倒せたので良しとしましょう」


 ≪Mr.ジャスティス≫は良いヤツだねー。

 クーフーリンとは大違い。


「受け取った大剣と魔石は一度、預かり、鑑定後に報酬と共に渡すことになるが、売却でいいんだな?」


 俺達は大剣を売ることに決めていた。

 報酬で揉めるし、なにより、18人の中には、大剣を使うヤツがいないのだ。


「それで構いません。内訳は最初に話していた通りでお願いします」

「わかった…………神条、ものすごく嬉しそうにトランスバングルを見ているところを悪いが、それも一度、鑑定に出したいんだが……」


 は?


「やだ! お前ら、奪う気だろ!」

「奪うか! 一度、協会に提出するのが義務だろ!」

「じゃあ、こっちを提出するわ」


 俺はもはや不要となったトランスリングを出した。


「いや、それは無理だ。50階層攻略の報酬がトランスバングルっていうのは全員が知っているんだぞ」

「えー……早く返せよ。取ったら殺すからな」


 マジのマジで。


「取らんわ」


 俺は渋々、持っていたトランスバングルを提出する。


「これで今回の依頼は終わりだ。帰って、ゆっくりしてくれ。あ、そうそう、学生諸君の学校復帰はテストが終わった後だそうだ。2、3日はゆっくり休んでくれ」


 学校……

 テスト…………

 あー…………現実を思い出すなー。


「そういえば、春休みは補習と追試かー…………最悪」


 マジで最悪。


「仕方がないよー」


 シズルが良い子ちゃんぶって、そう言うが、苦笑いだ。

 というか、皆、嫌そうである。


「あーあ、まあ、今日は帰るか……」


 疲れたわ。


「お疲れさん。本当に助かったぞ。それとすまんが、木田と村松は残ってくれ。他のダンジョンの事もあってな」


 どうやら≪Mr.ジャスティス≫とサエコは他所のダンジョンの応援に行くっぽいな。

 がんばれー。

 俺は絶対に行かない。


 俺達は解散となったため、各自、家に帰ることにした。

 家に帰ると、この日は疲れもあったため、ゆっくりと過ごした。


 そして、翌日の昼過ぎ、トランスバングルを返却してくれると、本部長から連絡があった。


 どうやら優先して鑑定、登録をしてくれたらしい。


 俺は連絡が来ると、すぐに協会に行き、トランスバングルを受け取る。


 また、その時に本部長から聞いたのだが、他所のダンジョンのいくつかも指定の階層を突破したらしい。

 その中には、川崎支部や≪教授≫が向かった大阪のダンジョンも含まれていた。


 残っているダンジョンもある程度は攻略の目途が立っているらしく、≪正義の剣≫や≪ヴァルキリーズ≫の援軍でどうにかなるらしい。


 俺はマジカルテレポートを頼りにされるかと思っていたのだが、そうはならなかった。


 俺のマジカルテレポートは一度行った階層でなければならない。

 今から行ったこともないダンジョンに行ったところで間に合わないらしい。

 他所のエクスプローラは何日も泊まりがけで向かっているので、今さら俺が行ったところで、マジカルテレポートは必要ないのだ。


 まあ、どっちみち断るつもりだったからどうでもいいけど。


 俺はトランスバングルを受け取り、話を聞いた後、寄り道せずに家に帰った。


 そして、俺の髪と同じ黄金色に輝く腕輪を見る。


「これで俺は成し遂げられる……」

「がんばれー」


 シロは携帯を見ながら棒読みで応える。


「長かった……シズルと出会って1年、付き合い始めて約半年」

「良かったなー」

「さて、シロさんや、明日は休みなのを知っているかい?」


 今日は土曜日だ。

 月曜から学校に行く。

 そして、水曜から春休みだ。

 俺らは関係ないけどね……


「知ってるー」

「打ち上げでもしようかと思う」

「言い繕わなくていいぞ。シズルを呼べばいいわけね」

「おねがーい」

「はいはい」

 

 シロは携帯を操作しだす。


 さて、今のうちに掃除だ!




 ◆◇◆




 シロいわく、シズルは今、実家にいるため、夕方から来るらしい。

 俺はその間、部屋の掃除をしていた。

 以前のように、ベッドを念入りにしておくようなことはしない。

 とはいえ、整えるくらいはしておく。

 さらに、お風呂、トイレ掃除も超特急で行い、最後に掃除機とコロコロで仕上げる。


 完璧だね。

 めっちゃきれい。


 そして、夕方の5時くらいになると、ピンポーンとインターホンが鳴った。

 俺は玄関に行き、扉を開け、シズルを出迎える。


「よう」

「お邪魔します」


 シズルが家にやってくると、俺は招き入れ、いつもの場所に座らせる。


「ルミナ君のその姿を見るのは久しぶりだねー」


 シズルが隣に座る俺をまじまじと見ながら言う。

 当たり前だが、俺はトランスバングルを使い、男に戻っている。

 途中からでもよかったが、その場合はタイミングが難しくなる。

 今日は……今日だけは最初から男でいるべきだろう。


「だなー。トランスリングはあったけど、結局、たいして使わんかったし」


 悪いヤツらをやっつけるのに使っただけだ。


「でも、良かったねー。これで元の生活に戻れる」

「だなー。いやー、この1年は色々あったわ」


 3月にシズルと出会い、女になった。

 4月にダンジョン学園東京本部に編入し、5月にはちーちゃんと出会った。

 さらに立花を撃破し、ちーちゃん、カナタ、アカネちゃんを仲間に加えた。

 その後、瀬能が加入し、補習を受け、ダンジョン祭ではレッドオーガを倒した。

 8月は合宿でひどい目に遭い、10月でスタンピードを止め、シズルと付き合い始めた。

 11月にミレイさんを鍛え、≪Mr.ジャスティス≫と戦った。

 12月には立花の残党と戦い、クリスマスではヤレなかった。

 年が明け、外国の変人共につきまとわれた。


 そして、今回の事で50階層を攻略し、念願のトランバングルを手にいれた。


 濃密な1年だった。

 女になって1年、実に長かった。

 それも今日で報われる。


「春休みはなくなっちゃったけど、来年度も頑張ろうね」


 4月からは2年生かー。

 カナタとアカネちゃんも高等部になるし、瀬能とちーちゃんは3年生だ。


「まあ、そうだな。しかし、補習はめんどいわー」

「私だって嫌だよ。アカネちゃんがすごく文句を言ってるよ」

「だろうなー」


 愚痴っている姿が簡単に想像できるわ。


「2年生になっても楽しい生活が送れるといいね…………去年の今頃はしんどかったなー」


 シズルが膝を抱え、天井を見ながらつぶやく。

 去年の今頃はシズルのお母さんが倒れ、ポーションを求めていた時期だ。


 あの時のシズルは暗かった。

 笑うこともあったし、ダンジョンで楽しそうな表情を浮かべることもあったが、どこか暗かった。

 当時は気付かなかったが、1年も一緒にいれば、わかる。


 シズルは父親を早くに亡くしている。

 そして、母親も重病で長くはないと言われた。


 正直、俺にはその時のシズルの心境は想像がつかない。


「でも、ルミナ君のおかげで何とかなった…………ありがとう、本当にありがとう…………」


 シズルは泣いている。

 笑いながら泣いている。


 以前、俺が風呂に放り投げた時に見せた悲しみや絶望の涙ではない。

 ホッとした時などの緊張が緩和になった時に出る涙だ。


 シズルは俺が女になったことを俺以上に気にしていた。

 俺が何度も気にすんなと言っても気にしていた。


 正直、えっち云々を置いておけば、俺は別に女のままでも構わない。

 男だろうが、女だろうが俺は変わらないし、人生はどうとでもなるもんだ。


 でも、シズルは泣いている。


 俺はこの時初めて、本当の意味で男に戻って良かったと思えた。


 俺はようやく気付いたのだ。


 去年の春にシズルから受けたポーションを取りに行く依頼。

 シズルのお母さんを助けるための依頼。

 俺が女になったきっかけとなった依頼。


 この依頼は終わっていなかったのだ。


 少なくとも、シズルの中では終わっていなかった。


 俺がトランスバングルを手に入れ、男に戻ってようやくこの依頼は完了するのだ。


 そして、今日、依頼は終わった。

 シズルの心に残っていた重荷が取れた。


 シズルはまだ泣いている。


 こういう時にどうすればいいのか、バカな俺でもわかる。


 俺は何も言わずに、膝を抱えているシズルを後ろから抱きしめた。


 抱きしめられたシズルは俺の腕を強く握る。

 シズルに想いがこもった力で握られている。

 でも、痛みは感じない。

 

 シズルは俺の腕をつかんだまま、俺の方に顔を向け、うるんだ眼で俺を見る。


 シズルは言葉を発しない。

 俺も言葉を発しない。


 もはや言葉はいらないのだ。


 俺達はただただ、お互いの瞳を見続けた。


 そして、距離が近づいていき、シズルのうるんだ瞳は閉じた。




 ◆◇◆




 翌日の日曜日、泊まっていったシズルだったが、昼すぎには家に帰っていった。

 明日から学校のため、実家に荷物を取りに帰り、寮に戻るのだ。


 俺はシズルが帰ると、布団を洗濯し、買い物に行く。

 そして、いつも通り、ご飯を作り、就寝した。


 明日から学校だが、テストの返却が主であり、正直、俺達が行く意味はない。

 でも、1年の最後くらいは顔を出しておきたい。

 まあ、クラス替えがあるわけでもないし、2年になっても同じメンツだから、どうでもいいのだが。




 俺は月曜の朝になると、久しぶりの学校に行くために準備をする。


 いつものように早起きをし、弁当の準備をした。

 そして、髪を櫛で解き、着ていく服を厳選する。


 準備を整えると、急いで学校に向かった。


 学校に到着して、時計を見ると、遅刻はしなかったが、服選びに時間をかけすぎたため、ギリギリになってしまったようだ。


 俺は慌てて、自分の教室に向かう。

 そして、自分の教室の前に来ると、『よし!』と思い、扉を開けた。


「諸君、おはよう! ロクロ迷宮を存続させた英雄がやってきたぞ!」


 俺は教室に入ると、クラスメイトにドヤ顔で挨拶をする。


 しかし、クラスメイト諸君は特に俺に賛辞を贈らない。

 俺をじーっと見ているだけだ。


 あれ?

 英雄だよー。

 お前らの転校を阻止したんだぞー。

 反応が薄いぞー。



「「「いや、なんで女のままなの!?」」」



 空気を読んだつもりですけどー!?





攻略のヒント


 俺は昨日の夜のことを生涯忘れることはないだろう。


 しかし、30%か……

 大丈夫かな……?

 うーん、大丈夫だろ……


 うん、大丈夫!


『神条ルミナの日記』より


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