第055話 期待と懸念


 俺達はタイムアタックに出場するため、協会奥にあるダンジョン入口へと向かった。


 俺達が出場するタイムアタックは、30分ごとに各パーティーがダンジョンに入り、ゴールである6階層を目指す競技だ。

 各階層の階段やゴールには審判がおり、審判に通過証明の判子を貰う必要がある。


 道中にはモンスターや罠があり、これらを避け、遠回りをすれば、当然、時間はかかる。

 しかし、遭遇したモンスターと戦っても、時間はかかってしまう。

 これらを天秤にかけ、よりタイムロスを少なくするのが、この競技のポイントである。


 正直な話、この競技は≪索敵≫や≪隠密≫を持つ俺の得意分野であり、俺1人ならば、6階層のゴールまで30分もかからず、ぶっちぎりで優勝できるのだ。


 もちろん、それをやるつもりはなく、あくまでもハヤト君達の補佐に留めておくつもりである。


 俺達がダンジョン入口に着くと、そこには審判を務める教員とパーティーに入る補助員である伊藤先生がいた。


「伊藤先生、おはようございます。今日はよろしくお願いします」


 パーティーを代表してリーダーのハヤト君が伊藤先生に挨拶をした。


「ああ、おはよう。遅れずに来たな。よし、お前ら5名の参加を認める。説明を聞いたと思うが、今日、明日は私が補助員を務める。全滅の心配はないと思うが、油断はしないように」

「はい!」


 伊藤先生が注意をすると、ハヤト君は元気よく返事をした。


「神条、追試験をクリアしたらしいな。おめでとう」


 伊藤先生にはそのつもりがないのかもしれないが、嫌味に聞こえる。


「ありがとうございます。次からは気を付けます」

「是非、そうしてくれ。教頭から散々言われたぞ」


 やっぱり嫌味だったみたいだ。


「すみませーん」

「まあいい。それと…………いや、何でもない」


 伊藤先生は俺を下から上を見渡し、最後に俺の手にある箒を見たが、結局、何も言わなかった。


 反応プリーズ!


「よし、じゃあ、フォーメーションを確認しよう」


 ハヤト君が俺達に声をかける。


「俺、どうすんの? 後ろにいればいいか?」

「そうだなー……すまん、ローグの事に詳しくないんだ。ローグはどこがいいんだ? やはり前衛か?」


 こいつらのパーティーは本職じゃないクーフーリンがローグを兼務しているから、詳しくないんだろうなとは思っていた。


「タイプによる。俺の≪索敵≫と≪罠回避≫なら後ろでも前でも変わらん。でも、今日は安物の杖しか持ってきてないし、後ろがいいかな」


 俺の≪索敵≫はレベル3、≪罠回避≫はレベル2だ。

 低階層ならどこにいても感知できる。


「じゃあ、後ろで指示を出してくれ」

「はいよ」


 その後、ハヤト君は他のパーティーメンバーの位置や役割を確認した。

 土井とハヤト君が前衛でアヤとマヤが後衛だ。

 伊藤先生は手も口も出さないため、アヤとマヤの後ろに控える。

 つまり、俺と同じ位置になる。

 先生の隣はなんとなく嫌だが、伊藤先生のスタンスと俺のスタンスはほぼ同じなので、位置も同じになる。


「確認は終わったか? では、最後に確認しておく。お前らの内、半数以上が死亡した時点で失格となる。また、私が手助けが必要と判断した時点でも失格となる。あと、お前らだけの特別ルールとして、神条が手を出した場合も失格となる。いいな?」


 伊藤先生が説明してくれるが、俺は気になることがあったので、確認することにした。


「先生、モンスターが俺を襲ってきた場合はどうするんです?」

「その場合は反撃してもかまわん。あくまでも、江崎達を助けてはダメということだ。その辺の線引きは私が判断する」

「はーい」

「他に質問はないな。では、1組目のタイムアタックを開始する」


 伊藤先生はそう言うと、入口前で待機している教員に目で合図を送った。


 すると、審判は手を上げ、振り下ろした。

 スタートの合図である。


 審判がスタートの合図を行うと同時に、ハヤト君達がダンジョンに向かって走り出した。

 当然、俺と伊藤先生もこれについて行く。


 先ほど聞いたハヤト君達の作戦は、オークが出現する5階層までは最短距離で走り抜ける。

 道中のモンスターや罠は強引に押し通るようだ。


 4階層までならモンスターもゴブリンやビッグラット程度であるため、強引に突破できるらしい。


 罠については俺が発見し、解除する。

 もっとも、低階層の罠はせいぜい矢が飛んでくるとか、致死性の低い落とし穴程度であるため、たいしたことはない。

 これが深層になると、矢に毒が塗ってあったり、床を踏むと火が噴き出してくるなど、凶悪になる。


 5階層、6階層に到着した後はオークが出るため、慎重に行くそうだ。


 俺は優勝は無理そうだな―と思ったが、1年生だけのパーティーならこんなもんかと納得した。


 俺は1階層を走り抜けている間に、自分がどこまで関与していいのか気になったため、先生に聞くことにした。


「先生、俺って、どこまで、こいつらに口出ししていいんですか?」

「別に手を出さなければ、何を話してもいいぞ。何だ? 助言か?」


 伊藤先生は俺が何を言いたいか興味があるようで内容を聞いてきた。


「こいつら、5階層まで、ずっとこのペースで走るつもりですかね?」

「ああ、体力か……多分、そのつもりだろ。江崎はともかく、他の連中がもつとは思えんが」


 教師である伊藤先生も当然、気づいている。


 いかにも体力がなさそうなアヤとマヤ、重装備な土井がハヤト君のペースについて行けるとは思えない。

 例え、このペースで5階層まで行けたとしても、肝心のオークを相手にする時にはヘロヘロである。


「言った方がいいですかね?」

「やめとけ。これも勉強だ。お前が教えるのは簡単だが、こういうのは経験をした方が良い」


 そうかもしれない。

 おそらくハヤト君が考えた作戦だろう。

 この作戦が成功しようが、失敗しようが、経験させた方がいいのだろう。


「俺も昔、パーティーメンバーに無理させましたよ。散々、文句を言われましたね」


 川崎支部の時に、自分と仲間の体力の差で、揉めたことが何回もある。


「私は逆だな。体力バカ共にペースというものを何回も教えた」


 体力バカはよく言われたな。

 あと、体力オバケ。


「まあ、黙っておきます」

「それがいい」


 俺は黙っておくことにし、ハヤト君達について行った。


 ハヤト君達はそのまま無事に1階層を通過した。


 1階層は罠もないし、モンスターはスライムしか出なかったため、スルーしたのだ。


 2階層への階段の所にいた審判に通過証明の判子を貰うと、ハヤト君達は2階層に降り、再び、走り出した。

 まだ、土井、アヤ、マヤも余裕そうである。


 2階層では、俺がモンスターの接近を教え、ハヤト君がそれを倒していった。


 俺は初めてハヤト君が戦っているところを見たが、確かに強かった。

 ゴブリンを一刀両断にしたり、先手必勝で放った魔法の威力も見事なものだった。

 協会が期待するのも頷ける強さだ。


「先生が補助員になったのは、ハヤト君をクランに勧誘されないためですか?」


 おそらく、ハヤト君はどこのクランも欲しがる強さだ。

 しかし、協会はハヤト君を他所のクランに入れず、囲おうとしているように見える。


「そうだ。お前も気づいたと思うが、江崎は才能がある。しかも、勇者だぞ。いかにもなジョブだ。協会はこのジョブには何かあると考えている」


 勇者といえば、魔王か?

 言っておくが、俺じゃねーぞ。


「ダンジョンに詳しいウチのシロも知らないジョブですからねー。悪いことが起きないといいですが」

「言うな。上の連中が危惧しているのはそれだ。お前に江崎を任せるという話もあったぞ」


 伊藤先生は意外なことを言いだした。


「俺が? 冗談でしょう? ≪レッド≫ですよ?」

「それは学校では口にしてはいけない言葉だぞ」

「いまさら何を……あんたの旦那にも言われたことがあるぞ」


 クーフーリンがそうであるように、俺の≪レッド≫はもはや蔑称ではなくなってきている。

 何故なら、有名になりすぎた俺は、存在自体が蔑称になってしまっているからだ。

 最近はネタ枠。


「それはすまんな。家に帰ったら怒っておくよ」

「気にすんな。前にも言ったが、有名税だ。それに女になったことで、あまり嫌われなくなった。やはり美人だからかな?」

「インパクトだろ。あと、その格好もだが、ネタに走りすぎだ。まあ、良い事ではあるが。狙っているのなら策士だな」


 いや、楽しそうだなって思っただけです。

 エクスプローラは楽しんでなんぼですよ。


「もう、周囲の声はどうでも良くなってますよ」

「雨宮や仲間がいるからか?」

「まあ、そうです」

「良いことだ。お前の担任として教えておくが、その仲間を大事にしろよ。学校はそういう仲間を見つける場でもある」


 先生が先生らしいことを言っている。

 当たり前だが。


「わかってます」

「本当に雨宮には感謝だな。お前の問題行動がほとんどなくなってきているし、先生達の評判も悪くないぞ」

「あざーす」


 俺が何かしようとすると、すぐにシズルが俺を責めるのだ。

 だから何も出来ない。


「でも、補習はやめてくれ。担任としても、元プロのエクスプローラとしても頭が痛い」

「すみませーん」


 俺は謝ることしかできなかった。


 その後、2階層は順当に突破した≪勇者パーティー≫であったが、3階層では陰りが見えてきた。

 それでも何とか3階層を突破し、4階層への階段でハヤト君が審判から判子をもらったところで口を出すことにした、

 土井の息が上がってきたうえ、アヤとマヤは明らかに疲れが見えているからだ。


「ハヤト君、ペースを落としたほうがいいぞ」

「何でだ? これまでかなり良いペースで来てるぞ」


 ハヤト君は自分以外のパーティーメンバーが見えていないようだ。


「アヤとマヤは限界だ。土井も次の階層途中で限界だろう」


 俺がそう言うと、ハヤト君は仲間を見て、ようやく状況を理解したようだ。


「……すまん。ペースを落とそう」

「俺はまだ大丈夫だぞ」

「わ、私も」

「うん」


 他の3人はそう言うが、強がりなのはバレバレである。


「授業で習わなかったか? ダンジョン探索ではペースを乱すな。自分達の限界を知れって」

「そ、それは」


 俺はこいつらに、このタイムアタックの意図と攻略法を教えることにした。


「このタイムアタックは駆けっこじゃないんだ。いかに自分達のペースで目的地に行けるかを計ってるんだよ。普段のダンジョン探索ではそうしているだろうが、競技だと考え、そのペースを乱しただろ? そういうヤツらは非常時にペースを乱し、壊滅するんだ」


 ダンジョン祭はお祭り事ではあるが、学校の授業の一環である。

 当然、競技にも意味がある。


「そうなのか?」


 ハヤト君達は高校からダンジョン学園に入った編入組だから、その辺の事を知らないんだろうなと思っていた。


「お前、今、オークと遭遇して戦えると思うか? 俺は少なくとも、アヤとマヤは死ぬと思うぞ」

「……そうだな、すまん」


 ハヤト君は落ち込んでしまった。


「お前らはまだ1年目だし、問題ねーよ。2、3年生や中等部からのエスカレーター組は経験してるから知っているだけだ」


 ダンジョン祭で、失格が一番多いのは、このタイムアタックだ。

 大抵のパーティーは体力が尽きて、失格になる。

 

「ふう。わかった。ありがとう。ここからはペースを落とすよ」


 ハヤト君は素直に俺の指摘を受け取ったようだ。

 

 ウチのパーティーは大丈夫かなと思ったが、うるせーちーちゃんがいたわと思い出し、すぐに俺の懸念は消えた。


 その後はハヤト君達もペースを落とし、歩いて、タイムアタックを再スタートした。


 自分達のペースを取り戻したハヤト君達は4階層、5階層を危なげなく突破した。

 そして、6階層では複数のオーク相手にピンチになりかけたが、ハヤト君がオークを圧倒したため、無事に、1人も欠けることなく、帰還魔法陣があるゴールに到着した。


「お疲れ様。君達のタイムは1時間36分だ。1年生のみのパーティーと考えれば、かなり良いペースだ」

「ありがとうごさいました」


 ハヤト君はゴールを担当する審判にお礼を言った。


 俺は確かに良いペースではあるが、優勝は無理だろうなと思った。

 ちーちゃんと瀬能に聞いた話では、≪フロンティア≫は昨年、1時間10分台だったはずだ。


 体力があるホノカやアカネちゃんはともかく、ちょっとトロいお姉ちゃんがいて、そのタイムなのだから、すごいことである。


 俺は競技を終えたので、帰ることにした。

 俺が帰還魔法陣に乗って帰ろうとすると、ハヤト君が声をかけてくる。


「神条、今日はありがとう。教えてほしいんだが、俺達は何が悪かった?」


 ハヤト君が助言を求めてきているのがわかる。


「別に悪いところなんてなかったぞ。お前はもちろんだが、土井もアヤもマヤも良かった。お前らはただの経験不足だ。帰ったら、クーフーリンに色々と教えてもらえ。あいつはダメなヤツだが、ソロでBランクになった実力者で、経験も豊富だ」

「そうか、わかった」


 今日、ハヤト君達を見ていて、協会がこいつらに期待する理由がよくわかった。

 確かに、才能があるし、向上心もある。


「明日はモンスター討伐だが、どういう風に何を狙うか、よく考えろよ。まあ、クーフーリンに聞いたほうがいいな。ちなみに、俺のおすすめはオークだ」

「ありがとう。また明日も頼むよ」

「ん。じゃあなー」


 俺は今日の臨時のパーティーメンバーに挨拶をし、帰還魔法陣に乗った。


 しかし、ダンジョンに行って、戦えないのはつまんねーわ。





攻略のヒント

 ダンジョン祭3日目

  競技種目:タイムアタック

  優勝チーム:≪魔女の森≫ 

  記録:59分


『ダンジョン学園東京本部玄関前掲示板 ダンジョン祭成績』より

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