12 襲われた前線拠点

 私達の乗る大きな馬車は狂暴化した魔物から退避した場所にある前線拠点へと到着した。

 ……だが、既に前線拠点は魔物に攻め込まれて荒らされており、数多くの負傷者が倒れていた。


「……っ! アリエルお嬢様! 見てください」

「えぇ……酷いわね。……ねぇ、早く降ろしてくださるかしら!」

「はっ! 畏まりました!」


 悲惨な現場に驚くポールを横目に、私は御者席に座る者に声を上げる。

 すると、すぐさま前線拠点の近くに馬車は止まる。


「ポール、行くわよ!」

「はい! アリエルお嬢様!」

「ちょ、ちょっとお姉様!?」


 ソフィアの静止の声が聞こえたが、私達は気にせずに荷台を飛び出す。


「ポール、襲っている魔物をお願いするわ。私は負傷者を!」

「わかりました!」


 私とポールは二手に分かれる際、私はポールに右手を向け――


『ブースト・アクア』


 ――ポールの体に水の層をまとわせて防御性能を高めておいた。


「これで少し攻撃を受けたとしても大丈夫なはずよ。頑張ってね!」

「わぁ! ……ありがとうございます!」


 自身の体を見たポールは喜びつつ剣を抜き――


 ――シュインッ!

 凛々しい表情に変わると前線拠点を蹂躙していた魔物の集団の方へ走っていく。

 そんなポールを横目に私は魔物に傷つけられていた騎士達に近づく。


「うぅ……誰だ、君は…」

「……アリエル・ミダデスですわっ! まだ意識はあるみたいだけれど、酷い惨劇ですわね」


 私は傷つく騎士兵を抱きかかえながら、周りで多くの兵士が傷つき倒れているのを見渡す。

 ――すると、その中に……リオラルド様も倒れている事に気付く。


(……えっ!? リオラルド様も騎士隊にいらっしゃったの!?)


「ミダデス……公爵家の令嬢か」

「え……えぇ! すぐに治してあげますわ」


 リオラルド様に気を取られていた私は、空返事を返しながら抱きかかえる兵士を優しく横たわらせる。

 そして両手を広げ――


『エリア・ヒール』


 ――広範囲に魔法陣が浮かびあがり、その上にいる兵士達の体の傷が瞬く間に治っていく。


「……おぉ……傷が治っていく」


 微かに動いていた騎士達も顔を上げ、自身の体の傷が塞がっていく事に驚く。

 そして、リオラルド様の負っていた傷も治り私に声を掛けてくる。


「……あ、ありがとうございます! どなたか存じませんが、もうダメかと思いました!」

「私はアリエル・ミダデスと申します。……ま、間に合ってよかったです! 動ける方は私についてきてくださいまし……まだ魔物は残っていますわ!」


 辺りにいる騎士から感謝の言葉が集中する中、私は微笑みながらポールの元へと駆け出した。




 ――グシュッ!

 ――グシャッ!

 ――ズバァァンッ!!!


 ポールの元へと駆け付けると、魔物の集団に斬りこむ凛々しいポールが剣を振るって善戦していた。

 私の防御魔法で傷一つ付いていないポールはとても頼もしく見えた。


「待たせたわねポールっ!」

「アリエルお嬢様! この身にまとっている水の層で何度も助けられました! ありがとうございます」

「それはよかったわ!」


 私はポールから背後に視線を移し……リオラルド様に気が取られそうになるが、グッと我慢して付いて来た近衛騎士隊へ指示を出す。


「……貴方達もポールの加勢をお願いするわ!」

「「「はっ!」」」


 そして、瞬く間に前線拠点は魔物から制圧することができた。




 一連の騒動が収まり、ソフィアが私とポールを見ながら口を手で覆いながら話す。


「まぁ、お姉様! ……衣服が汚れてしまってみっともないですわ。……公爵家の令嬢たる者、常に身だしなみに注意を払う事ですね」


 ……ソフィアはここに何をしに来ているのか分かっているのだろうか?

 よくわからない事を言い出すソフィアから私は意識を反らし、レイモンドに視線を向ける。


「すぐに近衛騎士団の食事を用意してくださいますか? だいぶ消耗しておりますわ」

「畏まりましたアリエルお嬢様。すぐにご用意致しましょう。アリエルお嬢様も着替えの用意をしておりますので、すぐに御着替えの方をお願い致します」

「えぇ……わかったわ」


 私はその後、荷台の中で泥だらけになった衣服から着替えた後、一仕事終えたポールの元へ向かう。


「……ふぅ! 気持ちいい!」


 顔を水で洗っていたポールはとても清々しい表情を浮かべていた。


「ご苦労様ね、ポール。……カッコよかったわよ」


 私は微笑みながらポールに大きめの布とポーションを手渡す。


「ありがとうございますアリエルお嬢様。これもアリエルお嬢様が私にかけてくださった防御魔法のおかげです!」


 ポールは布で顔を拭い、ポーションを一気飲みしながら健やかな表情で話しかけてくる。


「……そう? 役に立ってよかったわ」

「それはもう……何度か魔物からの攻撃を受けたのですが、痛くもかゆくもありませんでしたからね。……アリエルお嬢様のおかげで思う存分戦う事ができました!」


 私は自身の手のひらを見ながら、自分の魔法が有効活用出来たことに喜びを感じていた。


「……この力も役に立てるのね」

「えぇ、アリエルお嬢様には清らかな心と強靭な魔力が宿っています。アリエルお嬢様のような聖女がいれば、この国も安泰ですよ!」


 ポールは屈託のない笑顔を向けながらとても恥ずかしい事を言ってくる。


「そ、そうかしら……あ、ありがとうね、ポール」


 すると、レイモンドから呼ばれる。


「アリエルお嬢様~! 食事が出来たので来てくださいますか?」

「わかったわー! ……ポール、行きましょう?」

「はい、アリエルお嬢様!」


 私達はレイモンドが作った食事を囲っている集団の所へポールと共に向かう。


「おまたせ、レイモンド」

「さぁ、早く食べてください。人数も多いので、おかわりは早い者勝ちですよ」


 そこまで食い意地は張っていないので、おかわりをする気はなかったが――


 ――駆け付けた私達の活躍によって前線拠点のリオラルド様含めた近衛騎士隊に犠牲者は一人もいなかったようだ。




 食事を終えた私達は、早速攻め込まれている農業地帯の奪還の作戦を話し合う。

 リオラルド様が状況を説明してくれた。


「――今は農業区域で働いていた者は一か所にまとまって避難生活をしております。早く奪還しないと、避難者の生活もあります……悠長にしている暇はないでしょう」

「……そうなると、すぐに出向いた方がいいわよね?」


 私がリオラルド様に提案すると、ソフィアが食いついてくる。


「すぐってお姉様……もう日が暮れてきますわよ。今日はもう休んだ方がいいのではないかしら?」

「だからこそよ。……相手の魔物も夜に奇襲してくるとは思っていないわ。……逆にそこを狙うのよ」

「……まぁ、姑息こそくな手を考えますのね、お姉様」

「嫌なら私は無理強いしないわよ。貴方はここで休んでいるといいわ。……皆はどう考えているのかしら?」


 私はソフィアから視線を逸らし、皆に話を振る。

 レイモンドは顎に手を添えながら考え込む。


「……確かに、魔物の活動しない時に奇襲するのも戦略的には大いに見込みがありますね。……私は異論はありません。近衛騎士隊の方達はいかがでしょうか?」

「私もアリエル殿の意見に賛成だ。アリエル殿のお陰で体に力も戻ってきた事だしな!」

「……だそうよソフィア。貴方だけここに残っているといいわ」

「あぁもう! 私も向かいますわ! 向けばいいのでしょう!?」


 ソフィアは駄々っ子のような物言いで夜襲に賛同する。

 こうして私達はリオラルド様含めた近衛騎士隊の面々と共に、夜間に魔物の占領区域に攻め込む事が決まるのだった。

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