第9話 救済詩『真面目な悪魔と薄情な天使Ⅱ』by KAINEL

『真面目な悪魔と薄情な天使Ⅱ』


いつものように忙しそうに悪魔が街を歩いていると、

人間になった天使が石畳の道の片隅にうずくまっていた。


「やあ、ひさしぶりだね、随分寂しそうじゃないか」

「ああ君か」

「まるで死にそうな物乞いの老人みたいだよ」

「そうみえるだろうね。でも、少し前はすごく豪華な暮らしをしていたんだよ。

ただ皮肉なことに、人間は気づかないうちに年老いていくことを忘れていたのさ。

僕の美貌と歌声も永遠じゃなかったというわけさ」

天使は苦笑して力なく悪魔を見上げた。


「あんなに人気があった歌手だったのに、

いつからか、どの劇場からも声がかからなくなって、

とりまきもいつの間にか消えてしまって。

いつも僕を可愛がってくれた王女様も、飼い犬みたいに僕を捨てたのさ」

天使は忙しそうに行き交う人々を眺めた。


「それからの僕は、歌を忘れた小鳥のように行き場もなくさまようだけで、

軽蔑していた人間にまで軽蔑される始末さ」

「君は人間の残酷さを一番知っていると思っていたけどね」

少し憐れむような顔で悪魔が天使を見つめた。


「でも年老いるまではまだましだったかな。こんな僕でもそばにいてくれる人がいたんだから。その人もすぐに僕がなにもできないとわかると、どこかに行ってしまったけどね。」

溜め息まじりに天使がつぶやいた。

「いまでは、家族も友人も頼れる人もない、住む家もお金もない、何もない貧しい老人というわけさ」

「だから人間になんてなるものじゃないって、あれほど忠告したのに」

「天使だった時が懐かしいよ」

午後の日差しが生気のない老人の顔を柔らかく照らした。


「僕はもうすぐ死ぬのかな」

「そうだろうね」

「僕の魂をあげようか」

「いらないよ、サタン様は生まれたばかりの魂が好みなのさ」


「それでも、まあ、君は幸福なほうだよ。

一瞬の間でも、そんな人間たちを魅了して楽しませたのだから。

天使のようだった君を思い出す人間が少しはいるだろうからね」

「そんなものかな、神様に愛されていた時にもう一度戻れたらなあ」


「なんだか君と話したら眠くなってきたな、

たぶんもう目覚めないような気持ちがする」

「それが死というものさ」

つまならなそうに悪魔がつぶやいた。


「君と話せてよかったよ、ところで君は僕のなんなのだろう」

「さあね、でも君がいなくなると寂しくなるな。

本当なら僕たちは永遠に存在できるはずなのに」

「それじゃ、さよなら、真面目な悪魔さん」

「さよなら、薄情な天使さん」

天使は静かに瞳を閉じて、そのまま動かくなった。


「さてと、サタン様に魂を届けに行かないと。

天使の魂なんてそうそう手に入らないから、

とても褒めてくれるだろう」

真面目な悪魔は、天使のような笑みをうかべて

穏やかな晴れた空に舞い上がり

そのまま彼方へ飛び去っていった。

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