第73話

「梨」


「! あらあらまあまぁ」


 明け方になる少し前。一人で初日の出を見に行こうと部屋を出て、エレベーターの待ち時間中に声を掛けられる。振り返ってみるとそこには二宮君が居た。


「初日の出か?」


「oui」


「なら俺も行く」


「トイレは?」


「一人で行け」


「ouioui」


 と、冗談交じりの短い会話をしながら到着したエレベーターに乗り込み、二人でホテルから出る。


「お! 此処良さげじゃない?」


 少し歩いた所に初日の出を迎えるには丁度良いスポットを見つける。私達は近くにあった自動販売機で適当なホット飲料を買い、転落防止の柵に腕を乗せて朝日が昇るまで暫しの会話を楽しむ事にした。


「他は起こさなくても良かったのか?」


「別に良いでしょ? 下の兄妹は互いを抱き枕にして気持ち良さそうに寝てたし、上の兄妹も皆が寝静まった後で酒盛りの二次会を開いてぐっすりさんだったし」


「そうだな。四季先生に至っては部屋を出る際に思いっきり躓いたってのにちっとも起きやしない」


「あらあらまあまぁ。まぁ大晦日って事でそこそこ良い日本酒を丸々一本飲んでたしね? 起きたら二日酔いは確定だねあれは」


「なら初日の出を見終わったらシジミ汁でも買って帰るか?」


「なら少し歩いた場所にある海市場に行かない? 折角目の前にこんなに広い海があるんだから」


「良いかもな? ……でも残念! 流石に年始の朝はやってません」


「あ、そっか」


 残念! 採りたてホヤホヤのアサリでシジミ汁を振舞いたかった。

 でもまぁペリーロードの木々と一緒でまた来れば良いか! 伊豆急下田、中々素晴らしい場所だったしね? 本当に来てよかった!!


「気に入ったか? 伊豆」


「勿論! 旅行で此処まで楽しかったのは初めてだよ」


「俺もだ」


 家族旅行はしない家だったし、小中学校の修学旅行は良い思い出がない。――てか何も覚えてない! なのでこれが実質初めての旅行です。いやはやとても素晴らしい旅行になった。これも篠崎さん達のお陰です。


 ――あ、篠崎さん達とは九々をイジメていた実行犯の三人の内の姉と兄達の事で、篠崎さんは電話で最初にやり取りをした人です。

 実はこの旅行、篠崎さん達から受け取ったお金で来たのです。何でも弟達が受け取っていたお金と、怪我をした三人の治療費だとかで一人10万の計30万。しかも親に出させたのではなく姉と兄達の自腹だそうです。

 更には親御さん方も罪滅ぼしをしたいとの事で、歳が明けて新学期が始まったら話し合いを設ける事になりました。


「んっ……ふぅ。――来年の今日もまた此処に居たいねぇ」


 ホット飲料の湯気越しに海を見ながら今日の思い出に浸った事で、ふと無意識にそんな願望が言葉となって出てしまう。


「……」


「……」


「……」


「……なぁ梨」


「ん? なんだね?」


 暫しの沈黙を破り、徐に二宮君が話しかけてきた。


「あっ……いや……ら、来年も来ような? 再来年も……高校を卒業しても……」


「? ――うん」


 一瞬、言葉に迷いを感じたけど……気のせいかな? ――……お!


「二宮君! あれ!!」


 真っ暗だった海に光が昇る。――初日の出だ!!


「んっ」


「眩しっ」


 初日の出の光が海に反射して私達の目を眩ませる。しかし私達は視線を逸らさずに初日の出の太陽が海から完全に出てくるまで見続けた。


 そして、


「新年あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!!」


「此方こそ。――あけおめことよろだ」


 海から太陽が完全に出たのを見計らって私達は新年の挨拶を交わし合う。


「居たっ! 兄ちゃん達居たッ!!」


「「!」」


 急な大声にビックリし、声がした方を向いてみると九々少女が早朝とは思えない元気で走ってくる。しかもその後ろからは慌てた様子で九々少女を追い掛ける帯々少年と、すっごく眠そうな麻紗姉さん。そして三脚を持つ淳兄さんが居る。


「ズルいぞ兄ちゃん達! なんでオレ達も初日の出に誘ってくれなかったんだよ!!」


 辿り着いて早々に、愛らしく頬をお餅の様に膨らませて怒る九々少女。そんな九々少女を後からやってきた帯々少年と一緒に宥めながら淳兄さん達を待つ。


「おはようございます。それと新年あけましておめでとうございます」


「おめでとう」


「おめでと~」


「あけおめ! ことよろ!!」


「明けましておめでとうございます」


 淳兄さん達が合流して二宮君と同様に新年のご挨拶をすると、カメラを持つ淳兄さんを筆頭に、麻紗姉さん、九々少女、帯々少年の順で挨拶を返してくれる。


 ――って、あらあらまあまぁ一人足りませんねぇ!


「四季先生は?」


「「「死んだ」」」


「死にました」


「あらあらまあまぁ……そっか~」


 帯々少年以外、たった三文字の無慈悲な死亡報告に思わず苦笑する。

 成程! これは予想通りアルコールにやられてますね? 本当に獲れたてのアサリでシジミ汁を作らなければならないのでは?


「はいはい二人への文句は後にしてェ初日の出をバックに写真を撮りますよォ~」


「! 了解です」


 気が付けば淳兄さんが持ってきた三脚に自分のスマホをセットする麻紗姉さん。私達は言われるがまま三脚にセットされたスマホの前に並びます。


「ouioui。――じゃあ行きますよ~」


 位置調整やら諸々の微調整が完了し、合図を出してから麻紗姉さんも私達と合流。その5秒後に麻紗姉さんのスマホから背景の初日の出に負けない位の光を放ちながらシャッターが切られるのだった――。


 ――パシャパシャパシャパシャ!!


「「「「「え!?」」」」」


「あれェ?」


 まさかの連射です。新年初めの大ボケをかましてくれたのはまさかまさかの麻紗姉さんでした!

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