第71話

「俺達兄妹は生まれつき心臓と肺に重大な欠陥を抱えていたんだ。しかも梨が飲んでいる薬は俺らの頃はまだまだ治験の初期の初期段階で俺達の心臓と肺は今よりずっと悪い状態でね? 例え毎日ちゃんと処方された薬を服用していても、軽い運動すらしていなくても――常にその機能が止まってしまう危険性がある程に俺達の心臓と肺は危かった」


「! そんなに……」


 梨の心臓と肺が元は淳さん達のであった事。梨から直接聞いていて勝手に想像していた心臓と肺の病態が想像の何十倍と悪かった事に言葉を無くす。帯々もまた俺と同じように言葉を無くしていた。


 そんな俺達に四季先生が言う。


「それで中学に上がる前の春休み中にこいつ等は父親の意向で心臓を交換したんだよ。肺はその2年後」


「! た、確かに登校は春休みが空けた二か月後ぐらいからだった」


 杖の着用も中学に入ってからだ。それにその2年後、確か11月頃からアイツは学校を休んでそのまま三学期が始まるまで来ていない。


「あの……お父さんの意向ってどうゆう事ですか? 本人の淳さんと梨さんの意向は?」


「無視された――なら尚良かった」


「ど、どうゆうことですか?」


「――っ」


 恐る恐る帯々が聞き返すと、淳さん自身の胸元に当てていた手を握り絞めた。


「知らされて無かったっ。大学卒業間近にただ”心臓のドナーが見つかった!”とだけ。麻紗緋の奴もそう――”肺のドナーが見つかった!”とだけ。これが肉親の心臓だなんて、肺だなんてただの一度も言わなかったッ」


「っ」


 余りにも想像とかけ離れた話に息を飲む。想像すら出来ない梨と淳さん達との間にあった話は余りにもキツイ。それなりの覚悟で挑んだ筈なのに、聞かされた話のどれもが受け入れられる様な話ではなかった。


「心臓と肺が梨のだって知ったのは麻紗緋の移植手術が終わった3ヵ月後。たまたま医学生時代の同級生の研修先に梨が通院していてな? それで研修終了間近に開いた同窓会でその人が俺に『在学中、お前に会いに来てた小学生。丁度お前が心臓移植をした時期から心臓が悪くなって俺の研修先に通院してる。しかも可哀そうな事に最近になって両肺に欠陥が見つかった』って教えてくれたんだ」


「? 淳さんが通っていた大学にですか?」


「あぁ。ドナーの話が出る直前に。なんでも学校の宿題で【凄い人】って題材の作文を書く為にインタビューしに来たんだ。『私の兄さんが貴方の事を凄いって絶賛していたので是非お話を聞かせて下さい!』って」


「あぁ」


「?」


 疑問符を頭に浮かべる帯々と、その作文の事を思い出す俺。

 確かに当時の梨はこの宿題の作文に【医学生の凄い人】って題名の作文を書いて発表していた。成程、あれは淳さんの事だったのか。


 ――でも何故? なんで題名が【医学生の凄い兄】じゃないんだ? 血が半分しか繋がっていない腹違いだから親に止められたのか? と、帯々と同じ疑問が生まれる。

 しかし親の話――特に父親の話は淳さん達にとってNGワードだと前に梨が言っていた事を思い出す。

 だから帯々にも今ある疑問を口に出さずに飲み込んで貰い話の続きを聞く事にした。


「それで同級生からそんな話を聞き――”移植して健康になったとはいえ俺も元はこの胸に爆弾を抱えていた身だ。聞ける悩みや励ましの言葉。なんだったら先生や肉親にすら言えない不安を代わりに聞こう!”と、そう思って会いに行ったんだ。当時まだまだ病み上がりだった麻紗緋も連れて」


 続く。


「で、会ったら会ったで驚いたよ。なんせ麻紗緋もその子と面識があったから。しかも俺と同様にドナーが見つかる直前に会っていたから。――そして何よりも……後から現れた”人でなし”をその子が”お父さん”と呼んだから。そこで会った時から薄々感じていた既視感の正体をようやく知り、目の前の子が腹違いの弟である事に気が付いたんだ」


「え? 血の繋がりをそこで知ったんですか?」


 遂に我慢できなかったのか、ポロっと帯々の口から疑問が零れ落ちる。


「あぁ……そこで知った。それまでは本当に知らなかったんだ」


 この台詞を聞いて俺も遂に「父親は? 父親からはなにも教えられてなかったんですか?」と、梨から以前NGだと聞かされていた父親の事を聞いてしまう。


「――ねぇよ。あの男とは一緒に暮らしていた時から既に距離を置いてたし、危篤の母さんの最期の願いを電話一本……たった一言だけで捨てさせた事で完全に親子の縁を切ったから」


「! あ、あの……ごめんなさい」


「俺もすみません」


 安易に聞き返した事を後悔する帯々と俺。そんな罪悪感に苛まれた俺達を見た淳さんは落した声のトーンを戻して「一旦、この話は此処でお終いにするか?」と気遣いからの質問をくれる。


 でも数秒の沈黙の末に、俺達は首を横に振って話の続きをお願いした。


「そう、か……あぁ――」

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