第39話

「この子で良い?」


 と、私は持っていた油を正しい一番下の棚、返却場所右から3つ目へ戻してから、久遠帯々の幼馴染である久遠九々が必死に取ろうとしていたタルタルソースを代わりに取って差し出す。


「! ……あ、ども。……ありがとう、ございます」


「どういたしまして。他に取って欲しい物はあるかい?」


「――ない……です」


「そう? なら……じゃあね」


 会話終了ス。会話のキャッチボール累計5回でス。

 あらあらまあまぁ、いやそりゃそうよ! だって、可愛らしいは置いといて猫みたい警戒してんだもの。シャーと威嚇さねない内に退散よ。


 まぁ……ね? ただね? 私はこの子が良い子は良い子でも素が付くレベルだとわかった。なんせ私が手に持っている杖と、杖にやや重心を乗せている私をみて警戒心が一段階下がったから。普通の人間なら杖を活用している赤の他人を前にしても『へぇー大変ねぇ』と、口や表情で人並の気遣いを見繕いつつ必要最低限の関心を向けて終了するのが普通だし、知り合い以下の顔見知り程度なら『話しかけてくんなよ気遣うのメンドクセェ』と、厄介に思われてしまう。By体験談――?

 

 なのでゲームセンターの入り口で見ただけの私を厄介に思わず寧ろ警戒心を下げてくれたこの子は素で良い子です。まぁこのタイプが一番貧乏くじを引きやすいと言えますがね……。


「――! 危ない油油」


 と、ここに戻ってきた理由を忘れて離れる所だった。


「――……! あらあらまあまぁ」


 見える限りだとお目当ての大特価の油はもう無かった。ワンチャン、棚の奥にあるかなと思って跪く。そうしたら予想通り棚の奥にはお目当ての品が2本残っていた。


 そう――! 丁度2本残っていたのである!!


 まだ居て欲しい――! と、切望しながら私は顔を上げて久遠九々が居た場所を見ると彼女はまだその場に立って私を見守ってくれていて、手招きすると、彼女は警戒しながらも近寄ってきてくれた。


「な、なん……でしょうか?」


「――選んで?」


「え?」


「高校生の土下座を見るか、些細なアルバイトをするか――選びたまえ」


「えっ!?」


 棚の奥から引っ張り出した大特価の油を2本を両脇に添えて土下座の準備姿勢を取って高校2年生が小学6年生を満面の笑顔で脅迫する。

 

 ――え、情けない? 威厳や貫禄で家計の負担は減らせませんよ?


「わ、分かったバイトするっ! オレがその片っぽを買えば良いんだな?」


「宜しくたの――」


「バカバカ下げんなこんな事でっ!?」


 自然と頭が下がってしまい慌てて止めに入る久遠九々。しかも咄嗟に『こんな所で周囲の目を思って』ではなく『こんな事で相手を思って』と言った。やはりこのタイプが一番貧乏くじを引きやすい。


 とりあえず私は油1本と財布から500円玉を1枚手渡し、そして買うものはもうないと言っていたので一緒にレジへ向かい会計を済ませる。勿論、油1本分のポイントとお釣りはあげますよ? アルバイトなんで。

 ――クッ、ポイントが! ……なんてね。


「はい油。それとお釣りと油のみのレシート。レシートにポイント付けて貰ったから次に来た時にでも」


「! あらあらまあまぁ、レシートだけでなくそこにポイントまで」


「別にママ……か、母さんによくやらされてたから慣れてる」


「あら~良いママさんね。ありがとう」


 と、彼女のレジ袋から依頼した油がカウンターに置かれた後、私は差し出されたお釣りとスタンプを押された折れ目一つない綺麗なレシートを受け取る。お釣りに関しては『受け取れない、受け取りたくない』と、差し出された時の彼女の顔が物語っていたので無理強いせずに返して貰った。


「もっ、持とうか? 持てる所まで」


「ぅん? じゃあお店の出口で連れが待ってる筈だからそこまで頼めるかい?」


 財布をカバンの中にしまい、油が2本入ったレジ袋と持とうとしたら彼女からそんな提案が出る。折角勇気を出してくれた気遣いを無駄にしまいと思い、そしてなによりこの気遣いを拒絶したら電車で若者が老人に席を譲ろうとしたら『まだそんな歳じゃない!』と、逆切れする老人達と同じだと思い彼女の気遣いを有難く受け取る事にした。


「ありがとうね、助かるよ」


「べ、別に良いよ……」


 と、久遠九々はカウンターに置かれた油2本入ったレジ袋を持って私のほんの少しだけ前を歩く。いつもなら出口まで20秒と掛からないのに今日は20秒以上掛けて出口まで歩いた。


 ――で、数分前に予想していた光景を実際に目撃する。私は久遠少女に「少し待ってて」と、頼んで焼き鳥屋の前でコロッケを頬張っている浮気者に擦り寄ります。


「浮気ですか棗君?」


「ブッ――!? な、梨ッ!? 違うんだこれには訳が――!!」


 ひっそりと近づき声を掛けると盛大に吹き出して驚く二宮棗。完全に浮気現場を見られた者の反応である。


「あら彼女さんかい? こりゃ悪い事したね! 彼氏さんがアタイのコロッケに熱い視線を向けてたから思わず口説き落としちまったよ!!」


「へぇ? あらあらまあまぁ……へェ」


「あっ……」


 焼き鳥屋の店主であるオバちゃんの台詞を聞き、気まずそうにコロッケを持っている二宮君に以前見た昼ドラの身内達による断罪のシーンを思い出しながら微笑んであげた。


 あらあらまあまぁ――報告です。麻紗姉さん達に報告します。


「あ、彼女じゃなくて友達です。それとおと――」


「え!? こりゃ色々と悪い事しちゃったねぇ……そうだ! お嬢さんにはたった今揚げあがったこっちをサービスしたげる。これで多めに見てやって!!」


 と、私の話を遮り、焼き鳥屋オバちゃんは断熱スリーブが巻かれた紙コップを取り出しては、そこにコロッケボールを山盛りに入れて私に手渡す。。受け取った紙コップからは白い湯気と共に唾液腺を刺激する香ばしい匂いが立っていてとても美味しそうだった。


「上の2つは今揚がったのとは別で、前の残りだから冷まさずにイケるよ!!」


「ありがとうございます。頂きます……っ!? 甘じょっぱくて滅茶苦茶美味しい!!」


 あまりの美味さに衝撃を受けてもう一個頬張る。――やはり美味い!


「ほのかに唐辛子? を感じる」


「! おぉ~秘伝のスパイスに使ってる具材の一つを当てよったね。どうだい? 唐辛子を使った秘伝のスパイスが男爵イモの甘みを際立たせているだろう?」


「あらあらまあまぁ! 確かにこれはコショウだけじゃ出せない旨さ。感服しましたっ」


 あまりの美味さに思わず弟子入りを志願したくなる。数年掛かっても良いからその秘伝のスパイスが知りたい。それほどまでにこのコロッケボールは美味かった。


「梨、俺にも一つ」


「え? ――まぁうん。別に良いけど……」


 二宮君がその手に持ってるのもコロッケ。なら同じ具材、同じスパイスが使われているでしょうよ――と、思いながらも凄く欲しそうにしているのでジャガイモボールの一つに爪楊枝を刺して二宮棗に差し出す。


「ありがとう! ――アフッ!? ――でも美味い!!」


 と、差し出したコロッケボールを口に含んだ瞬間、悲鳴を上げて口元を押さえる。そう言えば私が食べた上2つ以外は揚げたてでしたね。まぁでも見た感じモゴモゴと咀嚼出来てるから熱さは出来立てのラーメンをフーフーせずに食べるのと同じくらいなのかな? 食べながら感想も言えるようだし。


 ――! そうだ良い事思いついた。


「オバちゃんこれと同じのをもう2つとそこの小っちゃい方のウーロン茶も2本お願い。それと爪楊枝を1本下さいな」


 追加のコロッケボールとウーロン茶を頼んでついでに爪楊枝を1本貰う。ちなみにお会計は二宮君に奢ってもらいます。


 ――さて、お店の出入り口で待たせている久遠九々を手招きする。そして身体に触れられる距離まで近づいて貰ったタイミングで熱々のコロッケボールを一つ、彼女の口元に押し付け――、


アヅッ!? ――ン”ッ”!?!?」


 熱い!? と、悲鳴を上げた瞬間、大きく開いた口に押し付けたコロッケボールを口の中へ押し込む。


「あらあらまあまぁ」

 

 跳ねましたわ。水を掛けられた猫の様に――。


「はいこれ」


 オバちゃんから貰ったウーロン茶を久遠九々の前に差し出すと、それを見た彼女は手荷物を全て置いてそれを奪い飲み干す。


「んっ――プハッ! おいテメェなにすん――!? おいバカちゃんと冷ま――」


「あむ――! アッフイ熱いッ!?!?」


 え? そんなに熱いの? と、久遠九々の静止を無視して私も熱々のコロッケボール食べてみる。そしたら想像以上に熱くて私も口を押えてダウンした。


アナハヨフ貴方よく――! ソフタッタそうだった……」


 買ったウーロン茶を開けながら二宮棗を見て思い出す。

 そうでした。この男、熱いのにはそこそこ耐性があるんだった。なんせわんこそばならぬ、わんコロッケボール対決の後半戦で普通に揚げたてのコロッケボールを食べてたし。


「――ん、ごめんね? ちょっとした悪戯のつもりだったんだけどまさかこんなに熱々だったとは思わなかった」


 ウーロン茶でコロッケボールを冷ましながら食べた後、早々に久遠九々に謝罪する。


「いやまぁ……美味しかったからまぁ……いいよ。ウーロン茶もありがとう」


「そう? じゃあ残りはフーフーして冷ましながら食べてね」


 と、呆れながらも何処か楽し気な久遠九々に残りを手渡す。アホやったせいか、今度のはすんなりと受け取ってくれた。

 

 あーあぁ……。本当は油を買ってくれたお礼にしたかったけど、これじゃあ謝罪の菓子折りみたい。


「はぁ」


 珍しく素直に反省し後悔しているせいか、溜息と共に無意識に口が動く。


「次会う時――」


「え?」


「ん? どうかしたのかい?」


 視線が外れ、無意識に出た言葉につい間の抜けた声を零した久遠少女。私は私でフワッとした視線を感じて視線を戻すと、そこには意外な人からの告白でポカーンとなった人みたいになっている久遠少女がジッと私を見ていた。


「! あ、いや……な、なんでもないっ……です」


「? あらあらまあまぁどう――」


 どうしたんだい? と、ちょっと踏み込もうとしたら焼き鳥屋のオバちゃんから「おやもうこんな時間かい。夕方用の仕込みをしないとね」と、そんな台詞が耳に入る。私は慌ててスマホを取り出して時刻を確認すると丁度15時半を回っていた。


「あらあらまあまぁ、ごめん帰ってご飯作らないといけないから帰るね? 油、ありがとう」


 名残惜しい。素直にそう思いつつ久遠九々の足元に置かれた油2つが入ったレジ袋を持って少し後ろにいた二宮君の元まで歩く。


 ――と、後ろから久遠九々に呼び止められた。


「あのっ! ――あ、の……その……」


「?」


 呼び止められて振り返ってみたものの、何かを伝えようとする彼女の声は段々と小さくなる。近づいた方が良いのかな? と、思って久遠少女の元へ歩こうとしたら今度は二宮棗が私を止めた。


「――」


「! あ……」


「?」


 私を止めた二宮君は久遠九々に向かってほんのり優し気に微笑み、そして声には出さずに言葉を伝える。それは私には伝わらなかったけれど、伝えたい人想い人である彼女には伝わった様子だった。


 これは――うん。少し羨ましいかな? 決して埋める事も縮める事も許されないこの差が。突然降りかかってきた身勝手極まる不幸に苦しめられた二人だからこそ、今こうして分かり合えてる。それが不謹慎だと分かっていても羨ましいと思えてなりません。


「あのっ!」


「!」


 どうやら私が変な感情に悩まされている内に気持ちの整理を済まし終えたようで、久遠九々と言う小さな女の子はその身に余る勇気を抱いて今の言葉の続きを言う――。


「ま、またッ!!」


「――またね」


「またな」


 と、私達三人はサヨナラの挨拶と共に再開の約束をし、先に動いた久遠九々の背中を見送った。


「なぁ梨?」


「なんだい?」


「良いもんだな。言って貰いたい側から言って貰う側ってのは」


「――……そうかい」


 私――六出梨が言えるのはこれが精一杯。羨ましいなんて思っちゃいけないのに今だけはそう思わざるえなかった――。



 帰宅中。


「ん」


 オレ――久遠九々は、数日前のゲームセンター前で帯々兄ぃを助けてくれたお兄さん達の一人から貰ったコロッケボールを一つ頬張る。

 正直に言って、さっきのは熱すぎて味なんて分からなかったけど、凄く久々に美味しいと感じた。その証拠に、


「美味しい。ちゃんと……美味しい……美味しかったなぁ……」


 と、少し冷めて食べやすくなった今のよりあの人が食べさせてくれたヤツの方が美味しかった。それはもう泣きたくなるほどに――。


「帰りたいよぉ……帰りたい……」


 あの幸せしかなかった頃に帰りたい。――でももう帰れない。

 

 そう自分に言い聞かせながらオレは明かりを点けても暗がりを感じる静かな家へ帰った――。 

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