第13話
「――洗うの、手伝うよ」
「梨様! 先生も手伝わせてくれッ!!」
「ぅん? あらあらまあまぁ……ありがとう。なら二宮君は私が洗った食器を拭いてくれたまえ。それから四季先生? 私に媚びを売っても麻紗姉さんからの施しは貰えませんよ。あと普通に気持ち悪い」
と、食事が終わって私が食器を洗っている最中に二宮棗と四季先生が手伝いにきたので、善意とマナーと気遣いが感じ取れる二宮棗に手伝いを依頼する。――四季先生? 下心丸出しなので却下。大方、麻紗姉さんが今現在飲んでいる例の……アルマゲドン黒? を頂けなかったから私にすり寄ってきたのだろう。
うん、普通にお金を払えば良いんでない?
「梨君ッ!」
「ちょい!? 邪魔しな――」
いきなり背後から両肩を掴まれて首だけを向ける。何故か半泣きの四季先生がそこに居た。
「財布の中にあったご利用明細票を見られて『あら高校生のお子さんいらっしゃいましたっけ?』て、言われた私を思うなら何卒……何卒っ!」
「ごめんなさい。……フッ、ごめんなさい」
「そんな、そんっな! 血の繋がりを感じさせる表情と雰囲気を醸し出すんじゃないよッ!」
「そら姉弟ですから」「そら姉弟ですからァ」
と、視線や相槌を交わさずに私と麻紗姉さんは即答する。
「――はぁ。なら洗うのを変わって下さいな。次で使用する手術器具だと思って丁寧に念入りに洗って下さい。そんで二宮君は拭いた食器類はここに置いていって。それを私が閉まっていくから」
「了解」
「はいドクター」
哀れに思った――訳ではなく、単純に効率を考えた結果です。あと私を医者にするなおこがましい。
「……それにしても」
「はい?」
ある程度、食器類を片付けた所で四季先生が話を持ち掛けてきた。
「一人暮らしとはいえ良く料理なんかやろうと思ったな? 食自体に興味なさげだったのに」
「んーまぁ? お帰りを淳兄さんと麻紗姉さんに言っている時点で一人暮らしなのかは疑問ですが。……料理はたまたま冷凍グラタンにちょっとしたアレンジを加えたのをこれもたまたま居合わせた淳兄さんと麻紗姉さんに食べられたのがきっかけですね」
「あぁあのヤクグラタンねェ」
「「焼くグラタン?」」
「そっちじゃない。薬の方」
「「ヤクグラタン!?」」
淳兄さんの訂正によって洗う手と拭く手が止まって詳細を聞きたそうに私を見てきたので私は記憶を遡る。
「あらあらまあまぁ……確か、チーズ数種・マヨネーズ・タバスコ・カスタード・粉末唐辛子・ウェイバー・コチュジャン・インスタントミルクティーとコーヒーの粉末を加えたちょい足しアレンジ冷凍グラタン……ですぅ」
「「!?」」
懐かしさと異様な恥ずかしさに語尾が弱々しくなる。あと覚せい剤は入れておりません。――まぁ、一度だけ薬特有の苦みを生かしたいと思って服用してる薬を入れようかとは思いましたが『苦みがあるグラタンは果たしてグラタンなのか?』と言う疑問が浮かび断念した事はありますがね。
「今聞いても凄いねェ」
「全くだ。初体験だったよ食べる度に笑いが漏れ出たのは――ただ、意外と舌には馴染んでた」
「あぁ……それでもお恥ずかしい限り。私の舌が色々と拗らせていた為にあんなお粗末な食事を……」
気遣っているわけではなく素でそう思っている事は分かるが、それでも今よりも拗らせた舌頼りで作った料理なので恥ずかしい事この上ない。
「――普通では無かったがそれでも美味しかった」
「それなァ家庭の味って奴かなァ? お客さんが連れてってくれるレストランとはまた違った美味しさがある」
「あ、ありがとうございます。これからも精進します」
ほめ殺しである。今から何か作ろうかしら? 出来たら凝ったものが良いから四季先生に車を出して貰おうそうしましょう!
「本当になぁ――一緒に外でご飯を食べてた頃は熱いも冷たいも感じられない口内だったのに今はもうあれだけの美味しい料理を作れるのは兄として誇らしいよ」
「あらあらまあまぁ……今はもうちゃんと感じられますのでこれからはもっとご期待に沿えるよう精進します」
「ッ――!?」
「んー? 二宮君どしたー?」
と、会話がひと段落した後で二宮棗が突然悲鳴に似た声を上げる。私は積まれた食器類を片付けていたので声だけで反応すると少し間が置かれてから「いや、何でもない」と返答が返ってきた。
「――さて、洗い物終了。ありがとうね」
差し障りのない雑談を交えながら全ての食器類を棚に戻し終え二宮棗と先生に礼を言う。すると二宮棗は一言「あぁ」と言って手を拭き、帰り支度を始めた。
「もうお帰りで?」
「あぁ、ちょっとおやっさん……職場の上司に18時までに顔を出してくれと頼まれてるんだ」
「ほぅ……今17時か、間に合う? なんだったら自転車貸そうか?」
時計を見ると17時を少し過ぎた時刻。出来たら車で送ってあげたいが、残念ながら私達を乗せてきた車の主は先の夕食時に酒を数杯飲んでいる為に運転不可。なのでまだ一度も乗った事がない自転車を貸そうと自転車のダイヤルキーの番号を言おうとする。
――と、淳兄さんが席を立つ。
「俺が送ろう。――(コソッ)」
「!? はい」
席を立った淳兄さんが「いや大丈夫です」と、遠慮する二宮棗に何やらコソッと耳打ちする。二宮棗は一瞬驚いたような顔になったが直ぐに納得した様子でリギングを先に出て行った淳兄さんの後を追い、私もその後を追う。
「今日はありがとう。凄く旨かった」
「あらあらまあまぁ……ならまた誘うよ。――じゃあ、また明日」
「――あぁ、また明日」
私達はそう――サヨナラの挨拶とまた会う約束をし、私は淳兄さんと二宮棗を送り出した。
「――……行ったァ」
「えぇ行きましたよ。忘れものさえなければですが」
背後から聞こえた麻紗姉さんの声に応える。――そして、ゆっくりと振り返る。振り返った先には先ほどまでほろ酔い状態だった筈の麻紗姉さんと四季先生の姿はなく、二人とも冷水を頭から浴びたような顔色と雰囲気で私を見ていた。
「あらあらまあまぁ、どうし――」
「
「――あらあらまあまぁ」
珍しく私の言葉を遮って言った麻紗姉さんの今の質問と、豹変した二人のその訳に気づき私も頭から冷水を浴びせられる。
――いや真冬の大粒の雨だなこりゃ……と、私は笑みを浮かべて二人の下へ歩み寄った。
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