第11話

 俺――二宮にのみやなつめが『殺人犯の息子』『犯罪者の子供』と、呼ばれるようになったのは小学校5年生の時だった。

 なに今となっては簡単な話だ。安月給で家族を大切にしない癇癪持ちの父親に愛想が尽きて母親が幼馴染だと言う男二人と浮気。子供の俺でも悟れる程にまで進んだ家庭崩壊間近にそれが発覚し、逆上した父親が浮気相手の一人を殺害した。

 

 ほら、とてもとても簡単で、小説とかでよく見る設定――いや、幼馴染二人なら稀か。


 両親の事が好きか嫌いかを聞かれたらあの頃は好きだった。なにせ寂しくて恨んでいたのを覚えている。だからきっと好きだったのだ。

 ――だからこそ、父親が殺人犯となって母親が浮気をしたという簡単な事実を受け入れようとしても受け入れる事が出来なかったんだろう。


『殺人犯の息子』


『犯罪者の子供』


 と、事件発生から1か月後、これが俺の新しい名前となり小学校で『なつめ』と言う名前が呼ばれる事は無くなった。

 

 ――ただ一人、挨拶さえした事がない六出梨を除いて。



「なぁ、本当に良いのか?」


 と、私――六出梨が住むマンションの部屋の前で委縮する二宮棗に、私は特に気にする事なく鍵を差す。


 どうしてこうなったか? を、説明すると以下の通り。

 1。夕食を食べにくる予定だった麻紗姉さんが急遽予定が入り食べれなくなった。

 2。麻紗姉さんは女性にしては珍しい大食。それ故に用意していた量は到底私一人だと食べきれない量となる。

 3。一人暮らしなので始める事になった料理が意外と楽しい! ――ので、今は余り作り置きなどはしたくない。

 結果――食べに来い。と、言う訳で四季先生及びに二宮棗に来てもらった。ちなみに先生は私達を送迎するなりその足で酒を買いに行きました。


「悪いけど引っ張って貰えるかな? 自動で動く換気扇が回っているから重くてね。病弱で貧弱な私だと鍵を回す事さえ一苦労なんだ」


「? ……んっ」


 二宮棗は私の言葉が信じられないと言った様子だったが、実際に部屋のドアを引っ張り表情――眉が少し下がる。


「確かに重いな。重いというより吸い付くな」


「あぁ確かに! ……はい、ついでにドアも開けて貰えると助かる」


「わかった」


 と、鍵を回して開錠し、そのまま二宮棗に部屋のドアを開けて貰う。その際――、


「学校でも言ったけども、今は作り置きしたくないのよ。料理が意外と楽しいから、さ。だから食べて貰えると助かる。……良いだろうか?」


 少々意地悪く言ったと思う。けども、悪いけれども私の新たな楽しみの為に断らせない。


「――あぁ」


「宜しい。――あぁっと」


「?」


 先に靴を脱ぎ、一歩歩いたタイミングで言うべき言葉を忘れていた事に気づいて少し振り返る。

 如何せんまだ淳兄さんと麻紗姉さんの二人にしか言った事がない言葉だ。しかも理由は分からないが不服だったようで別の言葉に言い直させられた。


 ――ので、まだ一回しか言った事がない言葉を二宮棗に言う。


「いらっしゃい」


「!?」


「? どしたー?」


 脱いだ靴を揃える動作の途中でピタリと固まった二宮棗に首を傾げる。てっきり靴を真横のシューズボックスに入れるか入れないかで迷っているのだと思い、どちらでも良い事を伝えたがそれでも動かない。


 ――ほんの数秒、待ってはみたが動く気配が全く見受けられず、仕方なく歩み寄ろうと一歩踏み出したタイミングで二宮棗の硬直が解かれる。


「何でもない。何でもないんだ。――お邪魔します」


「あいよー」


 と、ようやっと動いた事を確認し、軽い返事を告げて私は一足先にリビングへ向かった。


 ――。


 ――――。


 ――――――。


「ハハ……”いらっしゃい”なんて6年振りに言われたッ――」

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