第29話


昼休みに直斗が立ち上がると


「お前……また英研行くの?」


康平が見上げて声をかけた。ここ数日暇さえあれば英研に行っていた。普段英研には水野と零しかいない。他の教師は職員室で過ごすことが多いからだ。そして直斗と康平が入り浸るようになってからは物の見事にほかの教師は寄り付かなくなった。


「嫌なら来んなよ」


直斗が面白くなさそうに康平を睨んだ。本心はもちろん来てほしくない。康平がいることで、例え水野が席を立っても零と二人きりになれるチャンスは皆無になるからだ。


「涼しいから行くよ」


そう言って二人は購買に寄ってから英研に向かった。

英研のドアを開けると水野どころか零もおらず、二人はとりあえず空いている席に座って昼を食べ始めた。

直斗がふと零の机を見ると英語で書かれた零宛の手紙が目に入った。


──あの女……本当に書きやがった……


イラつきながら広げてある手紙に目を通す。

中には一緒に遊びに行きたいから始まり、連絡先を教えてとか、付き合いたいとか…直斗のイラつきを増幅させる言葉が並んでいた。


───なんだこれ……あいつから……こんなん貰ったの聞いてないんだけど……


直斗が昼を食べるのも忘れ手紙を睨み続けていると英研のドアが開いて零が姿を現した。


「お邪魔してまぁす」


康平がパンを食べながら零に声を掛けた。


「高野くん……藤井くんも…来てたの?」


零が笑顔を向け自分の机まで来てやっと、直斗が女子生徒から貰った手紙を目にしている事に気付いた。


───ヤバい…………。


零が手紙から直斗へ視線を移すとまだ手紙を見つめている。もしかして…まだ読み始めたばかりかも……と零が手紙を取り封筒にしまった。しかしこれが逆に直斗に火を付けた。


「何隠してんの?」


「───え……」


直斗の目が冷静に零を睨む。まだ会ったばかりの時に見た直斗の目だ。


「隠してる訳じゃないよ」


康平の目を気にしながら零が学校での笑顔で答えた。


「隠しただろ?」


直斗が零ににじり寄る。手紙を貰ったことより、隠そうとした事に腹を立てていた。


「藤井くん……冷静になろう」


零が後ずさるがちょうど他の机が邪魔になって袋小路になっていて動けない。

急に怒り出した直斗を康平がキョトンと見ている。何に怒っているのかさっぱり分からない。


「俺は冷静だけど?零が手紙を貰ってたのに何も言わなかった事も、今俺の目の前で隠そうとしたのもちゃんと理解できてる」


直斗が今にも噛みつけそうな程の距離まで詰め寄る。


「…………レイ?」


何が起こっているのか理解出来ずに見ていた康平の耳にも『レイ』と言った直斗の言葉が届いていた。


「ちょっと……藤井くん……『高野くん』がびっくりしてるから……」


零は何とか直斗を冷静にしようと康平の名を出した。今自分を『零』と呼ぶのは非常にマズイ……。


「だから何だよ?零が隠そうとした事と康平はなんの関係もねぇだろ」


「そうじゃなくて……」


───全然冷静じゃない…………


「何で隠した?」


「また……後で…ゆっくり話そう……。今ここでする話じゃないと思うんだけど……」


そう言って「ね?高野くん」零が康平に助けを求めた。とにかく直斗を冷静にしなければ……。


「え?……ごめん……全然話が見えないんだけど……」


しかし当の康平は困った様に顔を顰めた。


───高野くん!……頼むよ……。


「零……今は俺と話してるんだろ?」


直斗が康平の方へ向いていた零の顔を無理に自分へ向ける。


「零……何で隠すの?」


「藤井……くん」


「お前は……俺だけのでしょ……」


「直斗くん!」


藤井が思わず大きな声を上げた瞬間、直斗がその口を口付けで塞いだ……。


「……………………え……………………?」


そして英研に康平の間の抜けた声が響いた。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る