第6話

昼の暑い日差しがなんの遠慮もなく降り注ぐ。

旧校舎の非常階段の影は、それでも他に比べて少し涼しいのは周りが木で覆われているせいもあるだろう。

そして何より周りから見えづらいところも直斗がこの場所を気に入っている理由の一つだった。


「………ん……」


舌を絡める奥から甘い声が漏れる。

ワイシャツの上からでも分かるくらい形良く大きく膨らんだ胸を直斗の左手が容赦なく揉むと「……ンんっ……」と艶っぽい音に変わる。

直斗の唇がゆっくりと首筋に下りていき、細くて柔らかい肌にキスを重ねる。


「──あっ…ンん……」


艶めかしい声が漏れる。


「──もう、授業始まってるんじゃないのかな?」


突然の場にそぐわない声に女子生徒が「ひゃっ」っと声を上げ、直斗の影にかくれた。


「………今めちゃくちゃ良い所だったんだけど…」


直斗が不満げに振り向いた。


「それはすまなかったね。けど…今は授業時間のはずだよ?」


紡木がにっこりと笑う。

女子生徒は手で顔を隠すと慌てて校舎へ戻って行った。


「……森下さんじゃなかったように見えたけど…?」


「余計なお世話」


直斗が白けた様な顔をして座り込む。


「今の子は……3年生?」


「知らね。さっき告白されたばっかだもん」


昨日、結果直斗を助けた様に、コレも報告するのだろう。

庇った訳でもないが、本当に知らないのだから仕方がない。


「……告白されたばっかりでキスするの?」


紡木は表情ひとつ変えない。


「なんで?悪い?キスしてって言われたからしただけだけど?」


直斗が面倒臭そうに頭を掻いた。


「キスしてって言われたらするの?」


薄ら笑を浮かべたままの紡木にイラつきが募っていく。


「じゃあ僕がキスしてって言ったらしてくれるわけ?」


直斗は頭にカッと血が上るのが解ったが、気が付いた時には紡木の襟首を掴んでいた。


「あんた、俺をバカにしてんの?」


声も表情も穏やかだが、目の奥には怒りが見て取れる。


「バカにしているつもりはないよ。ただ……率直な疑問」


紡木も表情ひとつ変えず穏やかに答えた。

その目からも言葉からも、なんの感情も読み取れなくて調子が狂う……。


「……アホくさっ………」


直斗が手を離し校舎に向かって歩き出した。


「さっき水野先生が探してたけど?」


紡木が直斗の背中に声を掛けるが、まるで何も聞こえていないかの様に直斗は歩き続けた。



「藤井!」


水野の声と共にドタドタと重い足音が近ずいてくる。

昼休み、康平と購買へ行くところだ。

直斗が立ち止まり振り向くと、汗をびっしょりかいて息を切らした水野が目の前で止まった。


「先生ー…、少し痩せた方がいいんじゃない?この距離走っただけで死にそうじゃん」


軽口をきく直斗に殴るフリをして


「バカタレ!ずっと探してたんだ」


と走った距離はこれだけではないことを主張して笑った。

直斗はこの見るから人の良さそうな教師が嫌いではなかったし、自分を気にかけてくれていることも解っていた。


「放課後英研に来い、暇なお前に仕事をやる」


息が整うと嬉しそうに告げた。


「はぁー!?俺別に暇じゃねえからな」


「文句は言わさん。何しろお前にはこの間の『貸し』があるからな」


水野が厭らしく笑った。

やはり先日の教室から出て行った件を黙っていてくれたらしい…。


「……別に貸してくれって言ってないけど」


直斗がとぼけた様に言うと、水野は大袈裟に大きな溜息をついた。


「そうか、そうか……いよいよ森下を泣かすのかぁ…。まあ、お前がそこまで言うなら…それも仕方ないことだけどな…」


「……………………」


「泣くんだろうなぁ……。まあ…良い子だから……お前と離れたら直ぐに誰かが慰めてくれるだろぅ……。あいつの為にはその方が…」


「分かったよ!行けばいいんだろ!!」


直斗が思わず声を上げる。

莉央のことを持ち出される急に気弱になる。


「え?なんて?」


水野が耳に指を入れ掘るフリをする。


「──!!行きます!放課後行かせてください!」


水野がニヤリと笑う。


「そこまで言うなら手伝わせてやろう」


そう言って満足気に戻っていく背中を康平が声を上げて笑い直斗は恨めしそうに睨みつけた。





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