試着室

試着室に入ると、はちはカーテンをシャッと閉めた。


さっきとは、違って距離が縮まると八はいい匂いがした。


「タグ、切るわな?」


「待って、ブラジャーはずさなアカンし。」


「それは、俺が出てからでもええんやない?」


「ホック取り方むずいから」


「はずそか?」


「うん」


僕は、大胆なお願いを八にしてしまった。


それでも、嫌な顔をひとつもせずに八は、服を捲ってブラジャーのホックをはずした。


鏡越しに見る八の顔が嫌じゃなかった。


パサパサと重ねられていたパットが落ちた。


「ごめん。」


「胸作るん大変やったんやな」


八は、落ちたパットを拾いながら言った。


紙袋にパットをいれる。


僕は、ブラジャーをはずして、紙袋に畳んでいれた。


「じゃあ、タグ切るから」


「うん」


八は、セーターとズボンについたタグを切った。


「こわなかった?」


「大丈夫」


「ほんなら、よかった」


いちいち、優しくされる度に、無駄に心臓がドキドキした。


八は、シャッとカーテンを開けた。


「ほんなら、お金はろてくるから」


「うん」


一瞬見えたズボンの値段は、一万を越えていた。


僕は、試着室のカーテンを閉めると着ていた服を綺麗に畳んでいれた。


そして、カツラを綺麗に入れた。


兄のかわりとはいえ、八にそこまでしてもらう理由はない。


「はい、これ。靴な」


「靴までは、ええよ」


「遠慮したアカンで。その格好にこの女ものの靴は、おかしいで」


そう言われて、スリッポンと呼ばれる靴が置かれた。


女ものの靴を、八はビニール袋にいれてくれた。


「ほな、行こか?」


「うん」


まるで、お姫様の気分だった。


八は、やる事が慣れていた。


「持つよ」


紙袋とビニール袋を持ってくれた。


「ほな、またくるわ。なっすん」


「はいはい、おおきに」


「はいよ」


八は、店から出るとすぐに手を繋いでくれた。


「友達やんな?」


「あー。さっきの、那須髙安なすたかやす。俺の幼なじみ。もしかして、ヤキモチ妬いたん?」


「な、わけないに決まってるやん」


「そやろなー。わかっとるよ。君は、若やないって」


何故、そんなに悲しい顔をするのだろうか?


「次は、こっちやな。足、しんどない?」


「大丈夫」


「ほんなら、よかった」


そう言って、八はハンバーガー屋さんの前にとまった。


「みっつん、スモール二個な」


「はいはい」


みっつんと呼ばれた人は、そう言って奥にはいっていく。


「ちょっとは、食える?」


「うん。」


口の中が、甘く。


タピオカミルクティーをまだ持っていた僕にとって、ハンバーガーはありがたい存在だった。


「ここな、アメリカンサイズやからスモールって言わな。ヤバいの出てくんねん。」


「へー。」


「若、初めて見た時ビックリしとったわ。」


「同じのみたい。」


「普通のか?たのもか」


そう言うと、八は追加で普通サイズを頼んだ。


兄が、八という人間に心を奪われていく理由がなんとなくわかった。


「はっちん、お待た」


「ありがとう、また来るな。はい、これ」


「うん、いつでもまっとうよ」


「はいよ」


八は、料金を払って歩きだした。


「ちょっと冷めてもええかな?」


「うん、かまへんよ」


八は、緊張してるのか僕の手を強く握りしめた。


八に、導かれるまま歩いていく。


「嫌やない?手繋ぐん?」


「大丈夫」


「なら、よかった。」


八が、時々かけてくれる優しい言葉がすごく好きになっていく。


「さっきの人も、幼なじみ?」


「さっきの人は、高校ん時の同級生。高校では、あだ名はっちんやったから」


そう言って、笑った。


兄が、好きやった人やと思うから僕は、八を妙に意識してるんだと思った。


八に示している好意は、兄の手紙や日記を読んだから生まれた感情なのだ。


それを恋だと思ってはいけない。


さんだって、そう言っていたではないか…。


気づくと路地裏にはいっていた。


「ここやわ、行こか」


「これ、男でもいけるん?」


「ここだけは、大丈夫やで」


そう言うと、八は僕の手を引っ張っていく。


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