第26話 断ってみた

 栄光の剣以外のメンバーをすべて拳一つで叩き伏せ、ルクスと対峙している。


 やつと、斥候の女、僧侶の女の表情はこわばっており、まるで化け物を見るかのような目で俺を見ていた。


「ことの発端はお前さんたちだからな、ここからは容赦しないぞ?」


 できる限りすごんで声を出すと、剣を抜いた。


「まままま、待ってよ! ここはお互いに有益な話をしましょう」


 両手を広げて待ったをかけ、斥候の女が話し掛けてきた。


「そそそそ、そうです。ここで私たちが争っても誰も喜ぶ結果にはなりません」


 僧侶の女が必死に訴えかけてきた。


「でも、さっき。ルクスが『ぶっ殺してやる』って叫んでるのが聞こえたけど?」


 テレサに祝福の口付けを受けたあたりからやつがキレているのを遠目に確認している。

 唇の動きを読んだのだが、まず間違いないだろう。


「お、俺は……」


 何やら顔が青ざめている。やつは俯き必死に考えている。周囲の観客からは『早く戦えー』『どうしたー?』などとやじが飛んでくるが、追い込まれたルクスがどのような判断をするのか興味があったので、俺は見守ってやることにする。


 少しして、ルクスが顔を上げると。


「は、話があるっ! ちょっと耳を貸してくれないか?」


 急に言葉遣いが変化した、余程余裕がないのか、懇願するような目で訴えかけてくる。

 俺は近付くとやつの言葉に耳を傾けた。


「ガリオン、お前、うちのパーティーに入らないか?」


「あん、何を言っているんだ?」


「俺たち『栄光の剣』は一時期Sランクパーティーだった実績がある。つまり、懇意にしている依頼主がかなりあるんだよ。本来なら厳しい審査を潜り抜けなければ入ることはできないが、俺はお前の実力を認めている。今ならテレサと一緒に入れてやるぞ」


 必死の様子で説得してくる。


「なるほどなー、確かに美味しい仕事を回してもらえるのは助かるな。俺は楽して金が欲しいわけだし」


 アゴに手を当てて考え込む。ルクスは俺の言葉を聞くと脈ありと思ったのか……。


「お、お前たちっ! お前たちも何か言えっ!」


 ここが勝負どころと判断したのか、二人に指示を出した。


「もし、私たちのパーティーに入ってくれたら。サービスしちゃうよ」


 斥候の女が腕を抱き、胸を押し当ててくる。


「『栄光の剣』のメンバーになれば女性にもモテモテになります。使い切れない大金を得て、毎晩違う女性を抱くことも可能ですよ」


 僧侶の女が耳元で艶めかしく囁いてきた。


「なるほどな、確かに。このまま働いたとしても冒険者ランクを上げるには面倒臭い依頼をいくつもこなさなきゃならないし、女だってこの肩書じゃあ寄ってこない。人生を謳歌するには、やっぱり肩書と後ろ盾があった方が良いに決まっているな」


 まったく、人の欲望をくすぐるのが上手い連中だ。俺は斥候の女の胸の感触を楽しみながら、僧侶の女の温もりを肩に感じ、ルクスのパーティーに所属した際の人生を妄想する。


「だ、だろっ! どうだ?」


「だが、断る」


「「「なっ!」」」


 三人の表情が固まった。


 俺は控え場所で不安そうにこちらを見つめるテレサを見る。


「確かに、お前さんたちの提案は魅力的だ。だが、そもそもの話、俺はテレサにあんな顔をさせたやつを許すつもりはない」


 初めて話し掛けた時、テレサはベンチに座って絶望した表情を浮かべていた。

 あいつのあんな顔を二度と見たくない。それが俺の今の行動理念だ。


 俺は右腕に意識を集中すると、暴れ出そうとしている力を制御する。


「観客も退屈しているみたいだし、ここからは俺の気が済むまでお前さんたちをボコらせてもらうからさ」


「し、審判っ! こ、こうさ――」


「おっと! させないぞ?」


 俺の右腕から黒い靄のようなものが発生し、ルクスを包み込んだ。


『……ぐ、……あ!?』


 口を動かすが、声が出せないのか、時々音が漏れる。


「安心しろ、その症状は一時的なものだから。声を出せないというのがどんなものなのか、テレサの気持ちを少しはわかってやってくれ」


 この勝負はどちらかが降参をして初めて決着する。リーダーはルクスなので、やつが負けを認めてしまえばそこで試合終了。俺は合法的に殴り倒す権利を失ってしまう。


 この力は、おそらくテレサが受けている呪いで、数日前から俺の右腕の中で暴れ回っていた。押さえつけている時の感触からして、そこまで強力ではないのだが、ここで使えるのではないかと考えて解放せずに留めておいたのだ。


「さて、自慢の防具のようだが、わざわざ俺が全力で攻撃しやすいように配慮してくれたんだよな?」


「は、早くっ! ルクスっ! 早く降参してよっ!」


「ま、まってっ! そのいやらしい手の動きは……、どうして私の身体をそんな目で見るのですかっ!」


『……んー、……んー!』


 実力で勝てないことを今更理解したのか、首を横に振って後ずさるルクス。


「さあ、観客も期待していることだし、この決闘のクライマックスを始めようかっ!」


 そう言った俺は、口に出すのもはばかられるような制裁を『栄光の剣』に加え、トラウマを植え付けた上で勝利するのだった。

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