2-9話
やがて朧車が着地したのは、すり切れた
モルタルの壁はひび割れ、木枠の窓ガラスがいくつか落下している。
「ここは、わたしが幼稚園に通っていた頃に閉館したような……」
「廃業した銭湯を鬼灯組で買いあげて、妖怪カジノにしたのです」
「カジノ!?」
「この辺りの人間は引っ越して、今や誰もいませんから都合が良かったんですよ」
華が豆太郎の手を借りて朧車を降りると、建物から妖怪たちが走り出てきた。
慌てた様子を見るにつけ、もめ事は解決できていないようだ。
「華、おいらについてきな! 『男』の暖簾から入るとカジノ場へ、『女』の方から入ると銭湯の
玉三郎に続いて男の暖簾をくぐると、急に辺りが明るくなった。
くらんだ目をこすってよく見れば、そこは赤
「う、うそ……」
銭湯の面影はどこにもない。
スロット台やカジノテーブルが置かれていて、客の妖怪が
クリスタル製のシャンデリアに
ジャラジャラ音のした方向に顔を向けると、スロット台のわずかな隙間で、手と足が異様に細長い
卒倒しそうになった華は、ぐっとお腹に力を入れて踏み
「華さま、大丈夫ですか?」
「うん……。見慣れないから驚いただけ……」
ドンと地面が揺れて、ホールの奥にある別室から数名の妖怪が逃げてきた。
先を歩いていた玉三郎は、「あっちが騒ぎの本拠地だ」と面白がる。
「昔ながらの丁半勝負ができる
「丁半勝負ってなあに?」
「サイコロの目が偶数か奇数か賭ける遊びだ。おいらは仕事があるから、二人で二階の
華は、豆太郎と手を繫いで階段を上がった。
ドーナツのように真ん中が空いた櫓からは、畳敷きの賭場を見下ろせた。
「お客様、騒ぎは困りますよ」
その中心に、狛夜は姿勢良く立っていた。彼の視線の先では、破戒僧のような
「ここの丁半勝負はイカサマだ! 必ず胴元が勝つように操作されておる!」
「身に覚えがありません。そうだね?」
狛夜が尋ねると、着物から片腕を抜いた
「へえ。あたいはイカサマなどしておりません」
「噓をつき申すな! 貴殿ら妖狐は、
「レストラン……ああ、思い出しました。お客様は僕が持っているフレンチレストランの前の所有者でしたね。今日、未来の妻と行ってきたばかりです。
「ぐぬぬ。奪った相手の前でいけしゃあしゃあと申すな!」
「それは失礼」
笑ってとぼけた狛夜は、足下に転がっていたサイコロを拾い上げる。
「イカサマだと疑われるのなら僕と再戦してみませんか。勝った負けたに二言はない、一対一の真剣勝負。僕が負けたら、店の所有権はお返しします」
「受けてたとう。ただし勝負の前に、サイコロに仕掛けが施されていないと、拙僧に確認させよ!」
「かまいませんよ」
見上げ入道は、狛夜に手渡された二つのサイコロを入念に調べた。
「ぐぬぬ。仕掛けは見当たらない」
「では、それを御自らの手で賭場師に手渡してください。僕は一切、触れません」
狛夜は、両手を挙げて降参のポーズを取った。
サイコロを渡された女賭場師は、それを壺に放り込むと、キビキビとした動作で盆茣蓙に伏せた。右手で壺を押さえたまま、左手の指を大きく開いて、他にサイコロを持っていないと見せる。
壺を前後に三度動かすと、サイコロがカラカラと転がる音がする。
「拙僧は半だ!」
盆茣蓙についた見上げ入道が、コマ札を縦向きに置いた。狛夜は横向きに置く。
「それでは、僕は丁に賭けよう」
「コマぁ出揃いました。勝負!」
壺が開かれる。サイコロの出目は『1』と『1』。
「ピンゾロの丁!」
「……ぐぬぬ! この勝負はおかしいっ!!」
再戦でも負けた見上げ入道は、盆茣蓙を蹴り上げた。
「イカサマだ、イカサマだ! 妖狐が汚い手を使い申した!!」
叫ぶ入道の体はムクムクと膨らんでいく。背丈はあっという間に櫓を超えて、天井に頭がぶつかり、首がグギリと奇妙な角度に折れ曲がった。
「貴殿らは、
見上げ入道が振り下ろした
「きゃっ!」
櫓は壊れて、足場を失った体は宙に投げ出された。
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