夜のこと
あか里に家へと送って貰った。礼を言って別れる。家の明かりは点いているが、辺りはすっかり暗くなっていた。恐る恐る、玄関の扉を開けて中に入る。
「…ただいまー」
返事はない。居間の方で談笑する声が聞こえる。まだ、皆そこにいるようだ。黙って部屋に行くのははばかられたので、そちらに顔を出すことにした。居間の戸を開ける。
「帰ったよー」
「おー、おかえりー。帰ったか」
父がこちらを向き直り迎え入れてくれた。他の家族もそれに続く。
「散歩にしては随分掛かったのね。どこまで行ってたの?」
何となくあか里とのことは黙っていようと思い、誤魔化すことにした。
「散歩してたらなんだか懐かしくなっちゃって町内をグルっと回ってたんだ。
最初は連絡しようかとも思ったんだけど、歩いてる内に忘れちゃってさ」
「なんだ、元気が有り余ってるのか?良いことだな」
祖父が言う。
「ふーん、そうなの。まぁ良いわ。それより、あなたもご飯食べちゃいなさい」
余りの状況でお腹は空いていなかったが、こっちの家族に心配を掛けるのもよくないと、一緒に食卓を囲むことにした。それに、ここでは祖父母が健在なのだ。少し話をしてみたい気持ちもあった。
母が作ってくれたご飯をいただきながら家族の話にも耳を傾ける。すると、祖父が聰に話し掛けてきた。
「ところで、聰。こっちに来てどうだ?色々と変わってただろう?」
(変わってた。そりゃもう劇的に…。でも、そんなこと言えないな…)
「そうだねー。やっぱり田舎でも5年経つと色々と変わるよね」
「最近だと何が変わったんだったか?何か大きいのがあったよな?」
「駅ですよ。お義父さん」
「あー、そうだそうだ。聰、駅見ただろ?」
「駅?」
「駅舎だよ。新しく建ってただろ?」
「…うちの最寄り駅のこと言ってる…?」
「当たり前だろ?この辺の駅って言ったらあそこくらいなもんだ。
町おこしの一環で新築したんだよ。ちょっと前にニュースで言ってたよな?」
以前両親がそんな話をしてくれていたから、その話は知っている。だが、聰が最寄り駅に着いた時は元の駅舎のままで、工事も始まっていなかったはずだ。にわかには信じがたい。聰は驚きたい気持ちをグッと抑えて話を続ける。
「…そう言えばそうだったね。でも、お父さんとの待ち合わせに遅れそうだったから、しっかり見ないで出て来ちゃったんだよ。それっていつ完成したんだっけ?」
「確か、2週間くらい前だったか?竣工式の日が雨で残念だったとかなんとか話してたよな」
父がそう答える。
「まだ出来たばっかりなんだね」
「今度ゆっくり見に行ったら良い。なかなかの建物だぞ」
「そうだね、そうするよ」
しばらくして聰は食事を終わらせた。これ以上話していては墓穴を掘りそうな気がしてきたので、家族に部屋で休むと告げ、二階の自室へと戻った。
「はぁ………………。またかよぉ~~~~~。
おかしいよなぁ、俺休養しに帰ってきたんじゃ無かったっけ?」
聰は不満を思いっきり口に出した。また、新しい違いを発見してしまったことに戸惑いしかない。
「頭が追い付かないな…。」
とはいえ、直接見に行かないことにはと思ったので、明日あか里に頼んで連れて行って貰おうと考えた。
「もう寝るか」
そう呟いた視線の先に、昼間取り出した時計が見えた。こちらでは成人式にプレゼントして貰ったということになっている。聰は何となく腕に付けてみた。
黒を基調とした文字盤に、メタリックなベルトをまとわせてシックな雰囲気を演出している。成人したばかりの若者には似つかわしくない存在感だ。安くはないだろうことが推測出来た。ずっとしまいっぱなしの物だと思っていたが、時計の針は正確な時刻を指していた。
「良いもの貰えたんだな」
誰に話すでもなく、そう呟いた。間もなく睡魔が優しく聰を包み込み、眠りへと案内してくれた。その枕元は、何かが零れたようにしっとりと濡れていた。
聰は目を覚ました。部屋の中は暗い。ニュース報道で言えば、未明の時間帯といったところだろうか。
いつもならまだ寝ている時間だ。もう一寝入り出来るが、ふと窓の外が気になった。何があるわけでもないと思ったが、好奇心を掻き立てられるように覗いて見る。
外は暗闇だ。家の前にある街灯だけが暗闇に抗うようにその足元を照らしていた。
聰は街灯の照らす先に目をやる。…ギョッとした。街灯が人影を映しているのだ。
(人?!)
その人影はユラリと動き、家の方へと歩いてくる。聰は心臓を一突きにされたような思いがした。これはマズいと慌てて物陰へと身を隠す。
(なんなんだ?!不審者?!)
少ししてから恐る恐る、もう一度覗いてみることにした。
しかし、そこは最初から何も無かったように、街灯に照らされているだけだった。
目を凝らして辺りを探って見るが、ただただ暗闇の支配があるばかりで人影はおろか、虫一匹といないように見えた。
(…気のせいじゃないよな?)
聰はそう考えたが、その内に目を開けていられないほどの眠気が襲ってきて、布団へ倒れ込むように眠ってしまった。
人影は聰の部屋を見る。しかし、しばらくすると再び暗闇に溶けるようにその姿を隠した。
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