千尋と…。

俺は、リビングを後にして二階に上がった。


「千尋」


千尋は、ベッドで眠っていた。


「千尋、この痛みは何なんだと思う?」


胸に手を当てる。


「由紀斗さん、戻ってたの?」


千尋は、俺にキスをしてきた。


「歯磨きした?」


「したよ。」


「メンソールの味する。」


「うん。胸が痛むの?」


俺の胸を優しく撫でる。


「俺、駄目なんだよ。きっと…」


「さっきも言ったけど、夫婦だったんだから当たり前だよ」


千尋は、俺の頬に手を当ててくれる。


「関係ないよ。俺は、ちゃんとしてないんだよ。自分の気持ちにケジメをつけれていないんだよ」


「俺が、引き離したからだよ。由紀斗さんと梨寿りじゅさんの絆の強さを最後に会った時に強く感じたよ。でも、戻れないのも感じた。だから、お互いに別の道を選んだのはわかってるよ。だけど、俺が引き離した事には変わらないんだよ。」


千尋は、泣き出してしまった。


「ごめんな。そんな気持ちにさせちゃって。俺が、悪いよな」


「悪くないんだよ。由紀斗は、何も…。」


「その呼び方、嬉しい」


「もう、話そらさないでよ」


「ごめん」


千尋に呼び捨てにされて、嬉しかった。


「千尋は、何も悪くないよ。俺が、千尋を選んだんだよ。それにね、俺と梨寿は子供が欲しくなっちゃうんだよ。二人で、肌を重ねると…。それだけ、俺達は子供を望んでいた。切望すればする程に、駄目だった時の絶望感は相当だったよ。お互いに罵り合ったりもした。想像つかないだろ?」


俺の言葉に、千尋の目からどんどん涙があふれていく。


「俺達は、罵倒し合ったよ。それでも、愛してたよ。誰にも理解される事のない小さな檻の中で、二人で戦っていたのかもしれないな。それは、不妊に悩んでるすべての人に共通してるかな」


「同じ仲間を見つければ、違った?」


「無理だよ。同じ仲間を見つけても、その人達に子供が出来たらどうする?そしたら、羨ましいだろ?余計に辛いだろ?自分達も同じように出来たらいいよ。だけど、出来なかったら?そう考えると二人でいるこの小さな檻の中が幸せだったんだよ。」


「そうだよね。俺も、それはわかるよ。同じ仲間に裏切られた事がある。」


千尋は、俺の手を握りしめて自分の頬に持っていく。


「だけど、優しく出来なかった。もっと、優しくしたかった。二人きりの檻の中だったのに…。なのに、俺は傷つけてばかりだった。きっと、梨寿もそう思っていたんだよな」


千尋も、俺の頬に手を置いた。


「何も知らない人は、嬉しそうに載せるんですよ。自分の幸せと、相手の幸せが同じだって全力で信じてる。お花畑みたいな頭の中をグチャグチャにしてやりたい。」


「千尋も何かあったのか?」


「由紀斗、俺ね。結婚したい奴がいたでしょ?あいつのsnsに家族旅行やら、子供の写真いっぱい載ってるんですよ。吐き気がした。あいつの中に入って、俺を思い出させてやりたかった。それでね、連絡来てあったんですよ。」


千尋は、俺の手を強く握りしめた。


「そしたら、あいつ平然と子供は可愛いよって言ってきたんです。そして、千尋も早く結婚しろよ。子供と遊ぶの体力いるからさって…。」


握りしめられた手の強さに、千尋の心の深い場所が傷ついてるのを感じる。


「千尋は、何て言ったんだ?」


「俺が、男好きだってわかって言ってる?って言ったら、あいつ、あんなのガキの冗談だろ?って笑いました。冗談で、あいつは俺としたんですよ。馬鹿でしょ?本気になって」


「俺なら、千尋を傷つけないから」


俺は、千尋をきつく抱き締めた。


「由紀斗、俺ね。由紀斗と梨寿さんには、幸せになって欲しいんだよ。ふたりぼっちの檻じゃないよ。今は、俺と井田さんが入っただろ?だから、もっと幸せになってよ。子供がいなくても、楽しもうよ。」


そう言って、千尋も俺をきつく抱き締めてくれた。



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