第43話 男子会
そう考えると、常に恥ずかしくない格好を心掛けていたようにも思えて、
「……あぁ、いいことじゃん」
熱で浮かされた頭が何も考えずに答えていた。
それ自体は間違っているとは思えない。ただ信一は同意してくれなかったことに頬を膨らませて、
「たまにはゆっくりしたい気分だってあるでしょ?」
「自分の部屋に行けよ……」
「そういうことじゃないの!」
憤慨する信一に訳が分からないと光秀は首を振る。
なまけ癖は一度つくとなかなか抜けてくれないのだ。それを自発的に治せる環境に不満を持つのはおかしいだろう。
それに、
「テレビ見て話して、ただ座ったりしてるんだから充分ゆっくりしてるじゃん」
「誰かの気配があるってのも嫌な時があるの」
そう信一が力説するが、それで子育てが出来るのかと疑問が残る。
それでも上手くはやると思ってしまうのはよく知っているからか、贔屓目があるからなのか。
ただ話を聞いている聡も共感するように頷いているので、普遍的なことなのかもしれない。
そうなると少し神経質な彼女のことが思い浮かんで、自戒の念を持つべきと思ってしまう。
そんなことを考えている光秀を他所に、ただ聞いていた聡が口を開く。
「やっぱさ、男だけで集まったら猥談だよな」
突然何を言い出すのか、気づいた時には光秀は頭にあった言葉を全部忘れて聡の頭を小突いていた。
そういうことがあるのは知っているが、仮にもまだ一緒に住んでいるのにそんなことを言うつもりは無い。
だから、光秀は聡に向かって、
「馬鹿なこと言ってんじゃないよ」
「いってぇ……でも、興味あるじゃん?」
反省の色が見えない聡に、光秀はただ大きくため息をつくことで返答としていた。
興味、ねぇ……
全くない、とは言わない。どの女性も個性豊かで比較的美形だったから。長いこと一緒に入れば心動くことも多々あるのは仕方がないだろう。
それでも聡の言い分に賛同しないのは、
自分が語るのだけは絶対嫌だわ。
聞き専に回るなんて許されるはずもなく、それどころか根掘り葉掘りと追及されるのが目に見えている。
しかも全部話したかどうかではなく、聞く側が納得するまで終わらない。生殺与奪を他人に預けるような真似を好んでしたがるわけが無い。
それでも聡は納得していないため、どうにか賛成多数に持ち込もうと周囲を見るが、信一は拒絶の意を込めて手を振り、顕志朗は顔を背けていた。
それを見て、聡はつまんねぇな、とこぼしてから、
「じゃあどう思ってるかだけ言い合おうぜ」
しつこいな、そう思うがどこかで妥協しないと引くに引けなくなった聡が何をしだすか分からないと考え、光秀は了承を指で示す。
ただ、
……今更過ぎやしないか?
そう思わなくもない。
誰が誰にアプローチを掛けるかという駆け引きの段階はとうに過ぎている。そもそも聡は彼女持ちだったからそんなことすら必要ない。
でも内心で小さく心躍っているのは、
皆はどう思ってんのかなぁ……
由希恵のことをどう思っているのか、今まで誰からも聞いたことがない。自分しか知らない彼女と自分も知らない彼女。下品にも興味がそそられる。
良くないことと分かっていてもちょっとくらい、そんな甘えた考えもこんな機会なら許されるような気がしていた。
聡は光秀の態度にしっかりと笑みを作っていた。信一、顕志朗共に了承とも否定とも取れるなんとも微妙な顔をしていたが、少なくとも邪魔をする気はないようだった。
「じゃあまずは景子さんからだな」
聡が言ったあと、全員を一人一人見渡す。そのチョイスに他意はない。ただの年功序列だろう。
誰から話すか。この場合一番よく知っている聡は最後になる。そう決めた訳ではなく、何となくそういう雰囲気を皆が察していた。
最後は決まった。では最初は?
積極的に口を開こうとする人はいない。皆一様に口を閉ざして、視線を合わせない努力をする。
一番は嫌だ、一番は嫌だ……
異様にテンションの高い聡のことだ。適当なことを言って流そうとしても許しはしないだろう。
なら誰が、それを決めたのは案の定言い出しっぺの聡だった。
「なんだ、誰も言わないのかよ……なら信一からな」
「えー、まじ?」
「まじまじ。俺は好きな物は先に食べるタイプだから」
心底嫌そうな顔をする信一に底意地の悪い顔で聡が返す。
申し訳ない気持ちと生贄が決まったことによる安堵から、光秀は落ち着いて話を聞く。
信一は言葉を選ぶように、一度目を閉じてから、
「男っぽくてかっこいい」
ただそれだけ言って、はい次と光秀を指差す。
それに待ったをかけたのは聡だった。
「他もあるだろぉ?」
肩に手を回してうざ絡みする聡に、笑顔で拳を握る信一は、仰々しくため息をついてから、
「……背が高くて男前。力も強くて仕切りも上手い。独善的だけど周りもよく見てる、憧れの人だよ。ねぇ、これで満足?」
「ほーん。で、まだ好きなの?」
「好きだよ。でも今は二番目」
悪意を感じざるを得ない質問に信一は真っ直ぐ応える。
「憧憬と恋愛は違うって気づいたの。景子さんを手中に入れても僕があの人みたいになる訳じゃない。それよりも今隣にいる人との時間を大事にしたいって感じ」
誰が聞いても惚気話にしか聞こえないが、彼なりのケジメの意味があるのかもしれない。
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