人形達は小さなプロレスに耽(ふけ)る

田中ざくれろ

第1話

「ブラボー! ザ・コンニチハ・フロム・TOKYO!」

 白光。

 ゴングの高らかな音に、無観客のスタジアムはオンラインで送られているスピーカーからの一〇〇〇万人の声援でたちまち埋め尽くされた。

 リングの周囲に設置されたカメラ群が首を振り、観客が見守っているディスプレイに迫力満点の試合映像をライブで届ける。

 白いマットの上で二人のレスラーが各コーナーから飛び出し、互いに交差する如く、囲むロープの反動を使ってリングを駆け回る。

 と、筋骨隆隆たる黒い覆面のメキシカンレスラーがリング中央で跳躍して、トペを少女レスラーの上半身に浴びせた。

 重い音がして、二人はリングの中央、メキシカンレスラーを上に乗せる形でスプリングの効いたマットに弾んだ。

「おーっと、ラ・ムルシエラゴ、ここでトペを敢行だ! 早速このままフォールか!? ワン、ツー、いや跳ね返したぁ!」

 リング上では実体のないレフェリー・システムのフォール宣告寸前で、ホタルゴゼンが背を弓なりに反らしてラ・ムルシエラゴを発条細工の様に弾き飛ばす。小柄な身はそのまま、のばした脚を振り回して、回転運動の遠心力を起立力に変えて素早く起き上がった。メキシカンレスラーも素早く立ち上がり、コーナーを背にして距離をとる。

 メインスピーカーからのアナウンサーの実況をかき消さんばかりに、一〇〇〇万の歓声が沸いた。

 ラ・ムルシエラゴはほとんどメカニカルな部分が見えないほどに人間体を再現しているのに比べ、ホタルゴゼンはSF的なデティールを強調したハイレグレオタードスタイルだ。顔は半透明のバイザーに覆われ、なびく黒髪は吸衝撃性のカーボン・ファイバー。二人の六分の一スケールの無線操縦式プラスチック製ドローノイドは互いの操縦者をコーナーの後ろに置き、光ファイバージャイロの安定性でまさしく人間のレスラーよりも高速でアクロバティックに戦いを繰り広げていた。

「蝙蝠を意味する名のラ・ムルシエラゴはルチャリブレ、ホタルゴゼンはカポエラと合気道を混ぜたファイトスタイル! 体格はラ・ムルシエラゴの方が一回り大きく、パワーも質量もあります!」アナウンサーの実況。「ホタルゴゼンは小柄な身体を活かしてリングを走り回り、相手を攪乱しようとするが、ロープへ跳んでからの反動を活かしたフライング・クロスチョップをくらい、軽い身はリング外へ飛んだーっ!」

 胸部カバーが破壊されてシリコン製の白色の肌に傷が走ったホタルゴゼンへ、ラ・ムルシエラゴはプランチャーをかました。

「プランチャー敢行だぁ!」

 だが、素早く起き上がったホタルゴゼンが身をかわし、まだ相手が空中にある時に右腕を取り、手首を捻った。

「半回転して、コンクリートの床に並べられた防護マットへしたたかに肩を打ちつけるラ・ムルシエラゴー!」

 メインスピーカーから響くレフェリー・システムが二〇カウント数える前にホタルゴゼンはリングに戻ると、マットにつま先立ちになり、トントンと身を弾ませた。リズムを計っている。

 ラ・ムルシエラゴはブリッジの発条を使って跳ね起きると、足首からの圧搾空気の力で高くジャンプした。手を使わない跳躍で一気にトップロープを跳び越え、マットへ。

「しかし大弓の矢を放つ様にホタルゴゼンの真直ぐな右足が黒い敵を迎撃するーっ!」

 ラ・ムルシエラゴのドロップキックめいた飛び蹴りと風を切る音が交錯する。

 と、ここでコンピュータで合成されたゴング音が連打される。

「おーっと、ここで第二ラウンド終了です!」アナウンサーの叫び。

 三分間の戦いの後、ラウンド終了。一分間のインターバルに入る。

「ラウンド終了直後、互いのキックで二人のドローノイドはそれぞれ後方へ激しく打ち倒されていましたが、動作の開始がゴング前だった為に反則は取られず、そのまま二人は起き上がって自陣営のコーナーへと戻りましたーっ!」

 それぞれのドローノイドを出迎えたのがオーナーである操縦者だ。互いが操縦システムであるVRゴーグルを装着している。

 また二人はそれぞれコーナーで衛生マスクをつけながら作業をする。

 生身の観客のいない歓声のみの大ホールに男女それぞれ重度の身体障がい者。その前に置かれた、人間の六分の一スケールの人型ドローン・レスラー。ホタルゴゼンを迎えたコーナーではALS(筋萎縮性側索硬化症)の少女が首を固定するクッションに支えられ、電動車椅子の上でVRゴーグルに視線で指示を送っている。

 アイコン注視の指示に従うのは金属骨格だけで出来た二体のメカニックロボ。メカニックはホタルゴゼンの身体各部にあるストレスメーターを調べ、エアクッションを加圧し、損傷部品を取り換える。レスラーの部品はCPUとバッテリー以外は交換が許可されている。尤(もっと)も一分という短いインターバルで部品交換に要する時間は限られている。他にシリコン外皮の自動修復を加速する為にバッテリーの電流量を一時増幅する。まるで栄養補給で傷が治っていく様。これはバッテリー交換を許可されていないドローン・プロレスではエネルギー残量との駆け引きになる。

 覆面レスラーのコーナーでは先天性四肢欠損の義手義足の男が椅子の上で、VRゴーグルで自分のメカニックロボに指示を送っている。ラ・ムルシエラゴもダメージを急回復させている。ヘビープラスチックを多用した重いドローノイドはバッテリーを大量消費する為、このタイプのレスラーは自然に短期決戦型になる。

「第三ラウンドまで一〇秒。レスラーはただちにコーナーアウトしてください」

 レフェリー・システムの声が響く。

 応急修理の終わったホタルゴゼンをコーナーアウトさせながら、少女はVRゴーグルに投影されたFPS視点のインタフェースでスキルの現状を確認する。ドローン・プロレスでは武闘スキルはラウンドごとに限定解除され、徐徐に派手で強力な技が使える仕様だ。

「第三ラウンド!」

 声だけのラウンドガールが開始を告げ、第三ラウンドのゴングと同時に二人はコーナーから飛び出した。

 一〇〇〇万人の歓声の中、マットの中央で相対した二人。

「ラ・ムルシエラゴは両手を差し出して力比べを挑むが、ホタルゴゼンはそれを無視して右側のロープへ走りましたぁ!」

 反動でマット中央へ飛び蹴り気味に走り込んできたホタルゴゼンを、ラ・ムルシエラゴは馬跳びの様に背に手を置く事で開脚の内にかわす。そして行きすぎた彼女に倣うかの如く自らもロープへ飛ぶ。

 またマットで互いの軌道を交差させる二人。高速戦の予感がする。

 ラ・ムルシエラゴのオーナーはバッテリー残量を気にしていた。

「直角に交差していたホタルゴゼンの身体がまるで浴びせ蹴りを放つかの様に勢いのまま、側転を決めたぁ! レッグ・ラリアットだーっ!」

 首に決まろうとしていたホタルゴゼンの腿は、肩甲骨にある圧搾空気のエア・バーニアによってラ・ムルシエラゴにかわされた。姿勢に無理があるホタルゴゼンの首に覆面レスラーの足が巻きつく。

「急角度のフランケンシュタイナーだっ!」

 首投げが炸裂。マット上へと引きずり落とされたホタルゴゼンの頭に身体重量の全てがかけられた。バン!とマットが鳴って空気が弾む。頭から落ちた少女レスラーのバイザーが砕けて散った。黒髪がわずかながらもダメージを軽減させていた。

「ラ・ムルシエラゴのスモール・パッケージング・ホールド!」

 彼女にのしかかったラ・ムルシエラゴは全身の関節を極めて、彼女の身体を小さく折りたたむ。そのホールドのままに両肩をマットにつけてフォールをとりに行った。

 一〇〇〇万人の歓声。

 マットの接地センサーでレフェリー・システムが判断。ツー・カウント。ホタルゴゼンはホールドをほどいた。

 立ち上がる二人。

 操作者のディスプレイ上、レスラーの各部関節ではストレス・メーターがダメージの蓄積を発信している。これがある程度加算されると判定負けが自動で確定する。

「ホタルゴゼンは深刻なダメージを受けているぅ!」

 アナウンサーの叫びとは裏腹にホタルゴゼンを操縦する少女は相手レスラーの挙動にわずかなにぶさを見抜いていた。大技の連発でバッテリーが切れかかっているのか。

 うつむき気味のラ・ムルシエラゴの頭部に少女レスラーの後ろ回し蹴りが吸い込まれる。

 倒立の姿勢のローリングソバット。

「あーっと! ホタルゴゼンのカポエラ式のローリングソバットが、ロープ際のラ・ムルシエラゴのこめかみに吸い込まれたぁっ! かわせなぁいっ! これには思わずロープを越えてリング外に落ちてしまうっ!」

 リング外に落ちたラ・ムルシエラゴは頭を振りながら起き上がる。動きがのろい。

 ホタルゴゼンは彼と反対側のロープに走って、最長の助走距離を選んだ。

 ロープの反動によるダッシュのスピードで側転、後方宙返り、そしてその勢いでトップロープを跳び越えてラ・ムルシエラゴにパワーダイブ。

「宇宙飛行虎爆弾っ! スペースフライング・タイガードロップぅっ! ラ・ムルシエラゴのお株を奪う空中殺法だーっ!」

 起き上がろうとしたラ・ムルシエラゴの上半身に浴びせられる高空からの少女レスラーの慣性と質量。メキシカンレスラーはハンマーで殴られた様に防護マット外のコンクリートの床にしたたかに全身を打ちつけた。背側のシリコン外皮が大きく裂け、破片が大きく飛び散る。

 ここでレフェリー・システムが合成音のゴングを乱打した。ラ・ムルシエラゴのストレス・メーターをチェックし、ダメージ蓄積による判定負けを宣告したのだ。

 ホタルゴゼンの勝利が告げられ、一〇〇〇万人の大歓声がいっそう大きく沸く。

「ホタルゴゼン勝ったぁっ! 優勝だぁー! 第一回ドローン・プロレス日本大会決勝は第三ラウンドで少女レスラーが海外からの刺客、ラ・ムルシエラゴを下してここに女性型レスラーが初のタイトルを手に入れました! 素晴らしい試合でした! COVID-19の大流行により無観客で行われた大会でしたが、オンライン双方向通信による緊迫の試合の数数と視聴者の歓声が、皆様にも会場にもそれぞれ確かに届いておりました! 万感の思いを込めて船は行きます! ……これからホタルゴゼンとそのオーナーの山梨ほたるさんの表彰式が行われます! …………ブラボー!」

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