103 お留守番ミズハ


††ミズハ††


 福神のミズハ。

 元はとある山の神だったのだが、過去にあったとあることが原因で地下の湯脈に癒しの恩恵を授けてしまった。

 おかげで周辺の土地が温泉宿として栄えたのだが、神力を使いすぎたことと海の向こうの勢力の妨害を受けて、力を奪われて封印されてしまった。

 最近、彼方たちのおかげで封印を脱することができたが、力はかなり失われたままだ。なので例の温泉地は湯こそ湧くが昔のような癒しの効果はない。


 温泉地に残った本体から分かれ、さらに彼の側にいた別の福神の分体と融合することで完成したのがいまのミズハだ。


「…………」


 いつもの神棚前の冷蔵庫の上に座っていたミズハは、首を傾げて廊下にぽんと下りると彼方たちの様子を見に部屋を覗く。

 まだ夕方にも早い時間だというのに二人はベッドで眠っている。

 なんだか、二人の存在が薄いような気がする。


 なにかをしているようだが、なにをしているのかはミズハにはわからない。

 あのアリスという存在は外神に似た存在のようだが、よくわからない。

 この国は昔から海の向こうから神やそれに類するものが流れ込んで来るが、アリスのような存在は初めてかもしれない。

 ただ海の向こうから来たというわけではないのだろう。

 しかし、よくわからないが彼方に害なす存在であるようには見えない。

 ならばそれでいいのではないかというのがミズハの結論だ。


「…………」


 ふんと鼻息を飛ばし、ミズハは元の位置に戻った。

 起きているなら相談しようと思ったが、起きそうにないのだからしかたない。

 このまま、自分の判断で対処しよう。


 なにを対処かと言えば、ここによくない者が近づこうとしている。

 どうも彼方の義理の母らしいのだが、なにやら嫌な気配を纏っている。邪念が強いというだけではない。

 この気配には他者の念も混ざっている。

 とはいえいまのミズハではその正体までは看破できない。

 せいぜい、この部屋に入らせないようにするだけだ。


 アリスがいれば追っ払うのを任せるのだが、なにやら起きる様子がないからしかたがない。


「役立たず……」


 とはいえこの前、祝いと呪いが反転した霊気をもらったので文句ばかりも言っていられない。

 彼方を守らなくては。


「がんばる」


 ふんすと気合を入れて人払いの結界を張る。

 これであの女はこの部屋には入って来れない。


「あ、あれ?」


「たしか……このアパートよね?」


「なんでみつからないの⁉」


 外からヒステリーな叫びが聞こえてくる。

 なんでもミズハが来る前にアリスがどこからか拾ってきた金塊が目当てだという話だ。

 欲は人を狂わせる。

 温泉地でいろんな人を見てきたミズハはよく知っている。

 それを愚かだと思う一方で、自身が人にもたらすものがそういうものであることもよくわかっている。

 自己矛盾は見ない振りをして時間が過ぎるのを待っていると、人払いの結界を撫でる嫌な気配を感じた。


「っ!」


 背中を駆けあがった怖気に震えて外に視線を向ける。

 ドアにある郵便受けの部分が開いている。そこを開けても中を覗けないようにガードが付いているのだが、そのガードをくぐってなにかが玄関の床に触れている。


 指……だろうか?

 いや、わからない。


 わからない……けど。

 なにか、気持ちの悪いものがそこにいるのはわかる。

 あの女はなにを憑けているのだろうか?


「な、なによ?」

「すいません警察です」


 どうやら誰かが警察に通報したみたいだ。

 さらにしばらくやりとりが続いた後で「帰ればいいんでしょ!」となって歩いていく音が聞こえて来る。

 歩き去る音に連動して、郵便ポストから覗いていた指のようなものが外へ出ていった。


 思わずほっと息を吐くミズハだった。




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