71 GW騒動記21


 拠点の旅館。

 僕は生身の目でアリスをマジマジと見る。


「…………」

「ふふん。どうじゃ?」

「こわーい」


 いや本当に。

 恐怖耐性を突き抜けて怖かった。


「なんであんな怖いことをするのに、自分は怖いのが苦手なの?」

「それとこれとは違う」


 すごくまじめに答えられてしまった。

 いや、何がどう違うんだかまったくわからない。

 とりあえず、アリスは怒らせると怖いということはよくわかった。


「……ところで、あの人たちって……死んだの?」

「殺して欲しいか?」


 僕は無言で首を振った。


「わかっている。とりあえずは生かして、いまは奴らの記憶を漁っている最中だ」

「記憶を漁るって」

「奴らは表には出ない知識を持っていそうだからな。もらえる物をもらったらここの者に引き渡そう」

「そ、そっか」

「それより、あそこでなにかしたかったんじゃないのか?」

「あ、そうだ」


 再び、地下空洞の遠視に意識を戻す。

 当たり前だけど男たちの姿はなく。ここにいたアリスの分身の姿もない。

 ほんの短い間に起きていた戦いの余韻はなにもなく、大きな石の鳥居と荒々しい岩の社が闇に眠っている。


 ええと……それで。

 なにをしようとしてたんだっけ?

 ああそうだ、壺だ。

 急展開だったから忘れそうになった。

 岩の社の後ろにある壺。

 これがいま、旅館の前で暴れているあの巨猿の大元のはず。

 だからこれに魔力喰いを向ける。


 うう……。


 壺の中から溢れ出した黒いモノが一気に僕の中に入り込む感触に震える。

 食感とかないはずなのに、なぜか生ぬるくて生臭いゼリーみたいなものを一気飲みしたみたいな気分になった。

 その気持ち悪さでしばらく体が震えたけれど、なんとか落ち着く。


「うう……」

「無事に吸収できたようだな。いや、たいしたものだ」

「え?」

「カナタの魔眼への適応力は天性ともいえるな。普通ならこんなにも魔力喰いの多用はできないものだが」

「……え?」

「これに関しては、カナタはまったく底が見えん。いやいや、我が夫は素晴らしい才能を持っている」

「そ、そんなの……今初めて聞いたんだけど?」


 聞いてない。聞いてないよね?


「限界が来そうになったら止めようと思っていたのだが、まったくその様子を見せないからな」

「その前に、その、危険性とかあるなら言っておいて欲しいよ」

「だから、その危険な領域に、まったく踏み込まんのだから言い様もない」


 だから、事前に。

 さっき、地下空洞で戦っているとき、事前の準備がどうとか言っていたよね⁉


「よしよし。ほめてやるぞ」

「ごまかされてる!」


 頭を抱え込まれて撫でられて、僕は唸るしかできない。


「お前たち、いまは非常事態だ!」


 よくわかっていない一色に怒られてしまった。


 そういえば、地下空洞はあれでよかったのかな?

 岩の社の表側に回ってみる。

 洞の中に安置されている銅鏡と女の子の頭骨が淡く光っている。


 アリガトウ。


 細い意思が僕の中で響いた。

 その声と共に頭骨が音もなく崩れ、蛍光と違う淡い光が一粒現れて、そしてこちらに近づいてきた。

 魔力喰いはもう止めている。

 それなのに光は視界に向かって飛んできて、そして自ら僕の中に飛び込んできた。


 ふわっと、なにかが形になったような気がする。


 なんだろうと確認している暇はなかった。


 ゴゴ……と。


「地震?」

「地震だ!」

「大きいぞ」


 いきなりの地震にロビーが騒がしくなる。

 その地震の中で、地下空洞を映す視界の中ではもう一つの変化があった。

 なにかが底の闇の中に満ちていく。

 いや、もうはっきりとわかるよね。

 だってこれ、淡い蛍光の中でもはっきりとわかるぐらいにそれを上げている。

 白い湯気を。


「お湯だ」

「お湯? 何を言ってる?」


 いまだに地震は続いている。

 けっこう大きい。

 いつのまにか、僕は一色に抱えられてソファの影に避難させられている。


「温泉が戻って来るよ」


 それから時を同じくして、外の戦いにも決着が着いた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る