49 憑依スライム・アリス&カナタ15


「加護って他人にあげられるんだ」


 馬車に乗った遥さんを見送りながら僕はアリスに聞いた。


「もともと、自分の信心の成果の一部を誰かに渡すというのが加護を授けるという行為だからな。だからもらった当人は神に対して何かを返す必要もなく、またこのように誰かに譲ることもできる」


 そう言ってから、「とはいえ」と付け加えた。


「……分不相応な加護を得た場合は身を亡ぼすこともある」

「今回は大丈夫だよね?」

「怖がりが多少は大丈夫になったという程度だろう」

「うん」


 だけどそれはきっと、この世界では大きな一歩になるのではないかと思う。


「って、僕、あっちで紅色(こい)さんの仕事手伝えるかな?」


 あの加護があったから、オカルトなことを怖がらずにいられたんじゃないかと心配になって来た。


「もう解析は終わっている。スキルとして買えるぞ」

「あっ、そうなんだ」


 それならよかった。


 …………うん?


 一つ、気付いたことがある。


「ん~~?」

「なんだ?」

「……いや、なんでもないよ」


 もしかしたら……と思ったことがある。

 でも、とりあえずツッコむのは止めておこう。

 それがアリスの思いやりなのか、それとも彼女なりに考えた可愛げなのか……考えるのも面白いしね。


「なんだかわからんが……ハルカの様子を見に行かないのか」


 ちょっと唇を尖らせてアリスが言う。

 気付いて、誤魔化したな。


「そうだね。スイリュウと戦うって、なにをするのか気になるし」

「あなたたち?」

「お世話になりました。また来ます」


 戸惑う院長さんにそう声をかけて、僕たちは雨の中を走る。

 もともとスライムボディだからなのか、元の体のときほど濡れることが気にならない。


「どこなら見れるかな?」

「あっちだ」


 アリスに走ることしばし。

 辿り着いたのは城壁だった。


「ここを上がる。いくぞ」

「いくぞって……うわっ!」


 手を掴まれるや、引っ張られた。

 跳んだ。

 途中で壁を蹴ってさらに上がって、城壁の上に到着した。


 周りには他にも兵士がいた。

 だけど、城壁に着いた僕たちに気付いている様子がない。

 目の前の光景に意識を取られているから?


「透明化と気配遮断を使った。我から離れるな」


 アリスの言葉に納得する。

 接触しているとスキルの効果を共有できるみたいだ。


 それに納得してから、豪雨の向こうにある光景を見る。

 降りしきる雨が音の全てを地面に叩きつけてしまう。

 だけどその光景には心奪われた。


 河は旧王都から少し離れたところにある。そこから水路が作られて上流から水を取り入れ、下流に向けて排水している。


 スイリュウはその河に体の半分を沈めたまま頭を出して戦士たちと戦っている。

 驚くのは全身を金属鎧で守られた戦士たちが軽快に飛び回ってスイリュウから放たれる水の攻撃を避けていることだ。

 運動能力強化の賜物だろうけれど、あんな重そうなものを着てできる動きではないと素人目線ながら思う。

 だけど、スイリュウを相手に決定打を与えられている様子はない。


 スイリュウの周りにはいくつもの大きな水球が浮かび、そこから水弾のようなものが撃ちだされている。

 戦士たちはそれを盾で受けたり、走って避けたりしながら、剣で切りかかったり、弓を撃ったりしている。

 魔法使いはさらに離れたところにいて、火や青い光をスイリュウに向けて放っている。

 火は火弾。青い光は魔力矢という魔法だ。

 魔力矢はいまの僕でも使うことができる。基礎魔法に収録されている魔法だ。


「水属性なら雷が効きそう」


 ゲーム知識でなんとなくそう言うとアリスに変な目で見られた。


「こんな雨の中で雷属性の魔法を使ったところで、そこら中に散らばって同士討ちが発生するだけだ」

「あ、そうか」

「雷は確かに効きそうだがな。あれは扱いが面倒だから使える者もそうはいないだろう」

「アリスは使える?」

「当たり前だ」


 ドヤァァンと胸を張るアリスは可愛い。


「とはいえ、あの体積の生き物を雷撃だけで殺そうと思えばかなりの魔力を消費させられる。この雨ではその制御も難しい。嵌まれば手っ取り早い手段でもあるんだがな」


 スイリュウは体のほとんどを河に残したまま水弾をばら撒くだけで戦士たちに対抗している。


「なにかあればすぐに逃げる気だな。卑怯な奴だが、妥当な戦略でもある」

「そもそも、なんであのスイリュウはここを襲ってるの?」


 そういえば、それがわからない。


「スイリュウは自然現象が受肉した存在。生きた災害だ。本来ならもっと上流に行って、水を溢れさせて大地を水浸しにするつもりだったのだろうが……」


 と、アリスが上流の方を指さす。

 素で見るとなにもないけれど、魔眼・霊視で見ると網目状の青い光が河を遮っているのが見えた。

 あれが、スイリュウの遡上を遮った?


「ここで倒せば、災害を防ぐことができる。だから必死になる」

「倒せば災害を防げるって、それはなんか羨ましい気がする」


 日本人的な感想かな?

 僕だけ?


「でも、このままで倒せるかな?」


 戦士たちの動きはすごいと思うけど、弾幕のように放たれる水弾を前に、攻めあぐねているようにしか見えない。


「これで決着が付くかもしれんな」


 そう言ってアリスが指差した先を見ると、そこに遥さんがいた。

 白の多い修道女服の上から立派なマントを羽織っている。ウィルヒムに雨避けとして借りたのかな?

 魔眼・遠視で見たその顔は強い決意を秘めていて、初めて会った時よりも凛々しいと思った。

 そんな遥さんが、一度深く息を吸って、そして言葉を吐き出す。

 回復魔法?

 いや違う。これは神聖魔法だ。


「聖域」


 その瞬間、スイリュウと戦士たちを中心とした周辺から豪雨が排除された。

 広域の結界が展開し、そしてその中に満ちた聖気が戦士や魔法使いたちに降り注ぐ。

 それはいままで以上に彼らを強化し、動きの冴えや武器や魔法の破壊力を増幅させた。


 逆にスイリュウは結界内で放たれた水弾は力を失い、すぐに勢いを失ってただの水しぶきに変わってしまう。

 わずかに動揺。

 逃げるかどうか悩んだのか、動きが止まった。

 そのわずかな時間がスイリュウの運命を決めた。

 攻撃の停止を待っていたかのように戦士たちはいっせいに距離を詰め、聖気に満ちた剣による一撃を次々と加えていき、そこに広がった傷口に大量の魔力矢や火弾が注ぎ込まれた。


GYGAGOOOOOOOOOOOOO……


 胴体の一ヶ所は半ば引きちぎれ、激痛に仰け反った自重をその部分が支えることができずにさらに傷口をさらに広げながら広い大河の中にその体を落としていく。


「いまだカナタ!」

「え?」


 いきなりアリスが僕の腕を引き、城壁から外に向かって走り出した。

 鋸壁に足をかけて跳ぶ。


「な、な、なに?」

「あの魔力を逃すのは惜しいだろう」

「あ、ああ……」


 空中での会話でアリスの意図を察した。

 アリスがそうしたのに合わせて僕も変身を解いてスライムの姿に戻ると、跳躍の勢いに任せて放物線を描きながら、大口を開けて河へ落ちていくスイリュウのその口の中へと飛び込んだ。


 そして僕たちはスイリュウともども荒れ狂う河の中へと落ちていった。




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