第10話 初めての戦闘

 俺はフレキと森の中を一緒にゆっくり歩いていく。


「もう春だね」

『ああ、巣立ちには良い季節じゃ』

「保護者同伴だけどね」

 普通、巣立ちに保護者は同伴しないものだ。


『まあ、使徒の巣立ちは、そう言うものじゃ』

「そっか。そういえば、こうしてフレキと外を歩くのも久しぶりだな」

『そうであったか?』

「ここ最近のフレキ、めちゃくちゃ具合が悪そうだったからね」

『そうだったかもしれぬな。歳は取りたくないものじゃ』


 そのとき、長閑のどかな春の風に紛れて、

 ――GYAAAAAAAAA!

 おぞましい咆哮が耳に届いた。


 その咆哮には魔力が混じっている。強力な魔物の咆哮なのは間違いない。

 そして、狼の咆哮ではなかった。


「フレキ!」

『フィル、走るぞ』

 フレキは走り出し、俺はフレキの横を走って行く。


 その後も咆哮は重なり合って、森に響いた。


「一匹じゃないな」

 強力な集団が敵意を持って、フレキの森に侵入してきているようだ。 


「敵の襲撃なんて、初めてじゃないか?」

『たまたま、そなたが育った十数年の間、なかっただけじゃ!』


 俺が来る前はたまに襲撃はあったということらしい。



 俺とフレキは、咆哮の元へと駆け抜けていく。

 銀髪赤目になることを厭わずに魔力を使い、全力で走る。

 そこは母の縄張りの方向だ。


「無事でいてくれ」

『安心せい、あの者たちは強い』


 すぐに、魔狼たちの勇ましい咆哮が聞こえてくる。


「ガアアアア!」

「ワアアァアァァァァァアォォォォォォォォォォォ」


 戦っている咆哮と、仲間に敵襲を報せる遠吠えだ。

 遠吠えを聞いた魔狼たちが、駆けつけてくるだろう。


『フィル。実戦は初めてじゃな。油断をするな』

「わかっている」


 森の中を駆けていると、前方に敵の姿が見えてきた。

 遠目にみれば、熊、狼、そして剣を手に持ち鎧を身につけた人の集団にみえるだろう。


 敵の数はあわせて十体。その全てが強烈な腐臭を漂わせていた。

 熊、狼、人の体も、全身が腐っているようだ。一部は骨がみえている。

 

 母と弟妹たちと弟妹たちの父は、敵の回りを駆け回って、牽制している。

 肉が腐り、毒と化しているため、魔狼最大の武器である牙を使いにくい。

 爪と魔法で倒すしかないが、敵も魔法を行使しているので、近づきにくいのだ。


不死者アンデッドか」


 実物を見たのは初めてだが、すぐに理解できた。

 死後、天に、つまり死神の元に還れなかった者の魂は地上に残る。

 それが動き出したものが、不死者だ。


 死神の使徒は不死者を天に還す奇跡を行使する存在だ。


 母たちと戦う不死者たちは、戦うことよりも進むことを重視しているように見える。

 母たちに攻撃をしかけるわけでもなく、ただ、身を守り歩を進めていた。


「フレキ、あれは使徒の仕事だ」

『うむ、油断するなよ。腐敗がすすんでおるのじゃ』

「わかっている」


 肉のある不死者は、死後腐っていく。

 不死者になった後、腐敗しにくくなるが、それでも腐敗は進んでいくのだ。

 俺が見たかぎり、目の前の不死者たちは死後かなりの時間が経っているようだ。


「すぐに救済してやるからな」


 死神の使徒の権能は不死者の魂を天に還すこと。

 それが、不死者にとって救済なのだ。


 他の者にとって、不死者は難敵だが、死神の使徒にとっては強敵でも何でも無い。


 俺はフレキを追い越して、不死者の集団に向かって走っていく。


「ガアアァウ!」


 俺の後方でフレキが吠えた。

 同時に母たちが一斉に不死者たちから距離を取る。

 下がるようにフレキが指示を出してくれたのだろう。


 母たちのことを追うかと思ったが、不死者たちはまっすぐに俺の方へと歩いてくる。


(やはり、狙いは俺か)


 不死者たちは、天に還りたくて俺を求めているのかも知れない。


「がう」

 すれ違う際、がんばれというように母が鳴く。


「うん、頑張るよ」


 そして、俺は不死者たちの前に立つ。

 俺の真後ろを守るようにフレキが立ち、フレキの左右を固めるように母たちが立っている。

 みんな、俺を見守ってくれていた。


 俺に近づいてくる不死者に対して、俺は微笑んで告げる。


「天はいいところだ。安心して逝くがいい」


 ――gyaalalala


 苦しそうに呻く熊の不死者に接近し、熊の左手を右手で受け止めながら権能を解放する。

 これで、無事、死神の御許に、天に還ることができるはず。


 ――gyaaaaalalalalala


 だというのに、熊の不死者は、天に還らずに、空いている右手を振り抜いた。


 俺は熊の不死者の鋭い爪を地面に転がってかわす。


「なにっ? 失敗した?」

『油断するなと言ったはずじゃ!』


 地面に転がった俺に殺到しようとする不死者たちに、フレキが口から炎を出して牽制する。


「フレキ、助かった、奇跡が通じない」

『通じないならば、不死者の神の眷属じゃ』


 ずっと前にフレキから習ったことを思い出した。

 不死者には、大きく分けて二種類ある。


 一つは、死後、何らかの理由で天に還れなくなった者。


 この場合の不死者は自分の意志で動いているものもいる。

 未練を無くしてやったり、説得すれば自分から天に還ることもあるらしい。

 長くとどまりすぎたり、その他の理由で自我を失っている場合もある。

 だが、死神の使徒が奇跡を使えば天に還るのだ。


 もう一つは、不死者の神から祝福を授けられた者。


 天に還らずにいる不死者に、不死者の神がそのまま地上で暮らせるよう祝福を与えるのだ。

 それは不死者の神の権能。不死者の神の使徒が行使する奇跡でもある。

 不死者の神の祝福を受けた者には、死神の使徒の奇跡は通じない。


『死神さまの敵じゃ! 殲滅せねばならぬ』


 不死者の神の祝福を受け、眷属となった者には自我自体はある。

 だが、その自我が体を動かすことはない。

 不死者の本能に従い、動くしかなくなるのだ。


 愛する者を庇護したいあまり天に還らず、不死者になった者が、愛する者を庇護することはある。

 だが、その不死者が、不死者の神に目をつけられて、祝福されてしまえば、意志の通り行動することができなくなるのだ。


 その不死者は、本能に従い愛する者を食らってしまうという。


 残っている自我は、自分が愛する者を食らうところを見ていることしかできないのだ。

 自我はそのままに、肉体の制御を失い、痛みと苦しみを覚えながら、腐敗し続け、永遠に苦しむことになる。 


「安心しろ。死神は、お前たちを救ってくださる」


 俺は起き上がりながら、魔法で不死者たちを攻撃する。

 人の不死者の右腕がはじけ飛ぶ。腕が取れても、不死者は動きを変えない。

 魂は痛みを覚え悲鳴を上げているが、体は痛みを気にせず、不死者の本能だけで動く


「いま、救ってやるからな」


 痛みや苦しみを長引かせるのは、可哀想だ。

 肉体を失えば不死者の神の祝福は、その効果を失う。

 そうすれば、死神の使徒の権能が通じ、天に還すことができるようになる。


 俺は効率よく肉体にダメージを与えるため、俺は人の不死者の体を魔法の炎で包みこむ。


 ――ギャアアアアアアア


 全身を炎に包まれた不死者はおぞましい悲鳴をあげて、暴れ回る。

 周囲の木々に燃え移った。

 その炎を、フレキや母たちが魔法で消してくれる。


『不死者はまず手足を潰すのじゃ! こやつらは、機能的に潰すまで、動きつづけるのじゃからな』

「わかった!」

『おおっと、危ないのじゃ。手足を潰し、心臓を取り出せば、死神さまの権能は通じるじゃろ!』


 不死者たちは、攻撃の矛先をフレキに向ける。

 俺よりもフレキが恐ろしいと気付いたらしい。

 フレキは、俺に助言を与えながら、不死者たちから大きく距離を取り、魔法を駆使して戦っていた。


「お前たちの相手は俺だ!」


 俺は不死者たちの背後から襲いかかり、

「がああああう」

 フレキは吠えて、母たちをさらに後方へと下がらせながら、自らも後退している。

 やはり、牙を使えないので戦いにくいようだ。


 俺は背後から人の不死者の手足を魔法で砕き、素手で心臓を取り出す。

 腐った血が俺に掛かる。


「がう!」

 それをみた母が心配そうに鳴いた。


「大丈夫、母さん。俺には不死者の毒は効かない」

 それも死神の使徒の権能の一つだ。


 俺は手足を砕き、心臓を取りだした不死者に右手をかざし権能を行使する。

 死神の奇跡を受けて、不死者は天に還っていく。


「……ア……リガト」

 天に還る寸前、不死者はそう呟いて、微笑んだ。


「死神さまによろしくな」

 それから俺は狼や熊、人の不死者を全て順番に天に還していった。



 不死者たちの最後の一体を天に還したとき、

「ほう。何事かと思えば……死神の使徒か」

 俺の真横に、突然何者かが現われた。

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