第28話 模擬戦
◇◇◇◇
「二人で行った温泉は楽しかった。か」
私は眠りに落ちた日影君の横顔を見ながら、乱れていた布団を掛け直した。
私が若い子たちに嫉妬して、普段抑えている才能が少し溢れ出した。
今の日影くんから新技の夢だと聞いた時はキュッと心臓が止まりそうだった。あの時から日影君から彼の面影を感じ始めた。
「また『
なんで私はいつも上手くいかないんだろう。
いつも笑って許してくれる日影君に甘えてばかりで。
私が知っている日影君は現れては消える、実態が掴めないような不思議な人だった。
さっき『
二人で行った温泉も本音を言えば、私には目の前の彼が本当に本物の彼なのか確証が持てない。
私が見てたのは彼の幻だったのかもしれない。
ムシャムシャと全てを食らう才能『
そんな化物と戦っているなんて私には何も教えてくれなかった。
戦ってる時の辛い顔なんて私には見せてくれなった。
私が知っている彼は、食べ物の話と屋台の話、そこで売ってたおもちゃの話を永遠と繰り返すような人だった。
才能を駆使しながら不器用に色んな国の言葉を真似する彼はいつもカタコトでどうしょうもなく愛おしかった。
過去に記憶を飛ばしても私は彼の戦いを知らない。
何も出来ない、何も知らない。
彼の、目の前の日影君の助けになれないのが。
それがどうしょうもなく苦しい。
◇◇◇◇
僕はガタンと大きな音がして目を開ける。
なんだ!
気持ちよく寝てた僕はデカい音には敏感です。
緑山さんもずっと僕の横に居てくれたようだ。
少し目が赤い緑山さん。緑山さんも疲れてるのかな?
カーテンがジャンっと盛大に開くと、お姉さん先輩が警察を連れてやって来た。
「はい、そこの悪ガキを拘束します」
お姉さん先輩が僕を指差し、拘束しますと言っている。
……なんでだ! 僕はまだ何もやってない。
「あれぇ、言ってなかった? 優勝者は空奏の魔術師様との面会及び軽い模擬戦をやるしきたりなの」
何その罰ゲーム。嫌なんだが。
「嫌そうな顔してるけど私がボコボコにして緊急で治療して貰ったのはこの為よ。空奏の魔術師やお偉いさん専属の医者が普通こんな所に来るはずないでしょ」
寝てる内にやられた事で恩着せがましい事を言ってくるお姉さん先輩。まぁ緑山さんは保健室の先生だと思ってたみたいだが、空奏の魔術師専属の医者だったのか。
「因みに空奏の魔術師はムサイ男連中だけじゃないわ。私みたいな可愛い娘も沢山いるわよ。対抗戦のようにボコボコにするって訳じゃなく、模擬戦は軽い運動みたいなものね」
僕は唾をごくんと飲み込む。
つまりお姉さん先輩は何が言いたいんだ。
「この空奏の魔術師の制服は戦闘服でもあるのよ」
お姉さん先輩が着てる白と金の装飾が施された制服を見せながら指先を白いニーハイソックスに当てる。
そこから上に這わせてスカートを捲りあげ太ももが顕になる。
凄い綺麗な脚線美だ。
僕の視線は指先に固定されて動かない。
そしてスっと離して指先を唇に持っていく妖艶なお姉さん先輩。
「上手くいけば美女達のパンチラ見放題」
そんな誘いに僕が乗ると思ってんのか。安く見られたもんだ。
こんな凍てつくような緑山さんの視線を掻い潜ってまでそんな軽い運動と言われる死の舞踏会なんて何を積まれたって行く訳がないだろ。
男は単細胞とか色々と言われているが、僕はそんな単純じゃない。
僕の行かないという意思は硬い。
「今首を縦に振ってくれたら一日私を好きに出来ます券をプレゼントします」
僕はそれを鼻で笑い飛ばす。
そして今僕は空奏の魔術師達が一同に並ぶ豪勢な列と相対して並んでいた。
隣にいた黒川は小さな声で耳打ちする。
「青空君は絶対来ないと思ってたのに先輩はどういう魔法を使ったのかな」
疑問顔で言ってくる黒川に僕は答える。
「決まってるだろ。ボコボコにされたままじゃ僕のプライドが許さないからだよ」
そうかと疑問が晴れた顔をして前を向く黒川。
その真剣な眼差しに感化されてか僕も拳に力が入る。
ぐしゃっと握ってしまった紙切れをポケットにしまって僕は空奏の魔術師達を眺める。
なんか知らないけど空奏の魔術師達は僕を凝視してるんじゃないかと思える程に視線を感じる。
僕何かした?
まぁいい、それよりも空奏の魔術師にはアイドルやモデルも兼任してる人達が居て、美女や美少女も多くいる。
その人達に当たることを心から願う。
合図がなると僕達は一人一人別空間に飛ばされて、列に並んでる空奏の魔術師の誰かと当たることになる。
深呼吸するとすぐさま合図がなった。
すぐに転移させられて、ここは殺風景な校庭のグラウンドみたいな所だ。
「やぁボウズ、俺のこと覚えてるか?」
僕の前に立つ男の顔を僕は知っている。
スっと帽子を被る仕草をしてハッと気づいた。
前あった警察官だ。
僕は空奏の魔術師に憧れはあるが疎い。
街中で見かける空奏の魔術師は美男美女ばかり、それから空奏の魔術師の戦闘シーンのピックアップだけで基本的に日常に溶け込んでる。
簡単に言うとパイロットに憧れてる奴が操縦士の顔を一々覚えないだろう。
僕は世間に疎い事を心の中で言い訳する。あと僕は基本的に男に興味がない。
「案外バレねぇもんだな。そこそこ知名度はある方だと思ってたんだがな」
僕は首を縦に振り、ちょっと知ってる風を装う事にした。
「さて、お前の実力を見せてくれよ」
ボッと両手に炎を纏わせて笑顔で威圧してくるおっさん。
夢で見た人と重なる。
少し若いが確かに夢に出てきた人だ。
僕の額に汗が浮き出る。
「むさいオッサンとか嫌なのでチェンジでお願いします」
僕は躊躇いなくそう告げた。
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