第36話

「チョコレートビュッフェ……ですか?」


 カルラの発言に、皆は一様に首を傾げた。

 ビュッフェというワードに聞き覚えがないから当然ではあるだろう。

 皆の反応を見て、カルラは説明を始めた。


「簡単に言ってしまえば『好きなものを好きなタイミングで食べられる』という売り方ね。今あなた達がしたように、好きな果物をチョコレートに浸して食べる……それこそが、チョコレートビュッフェ」


 これは商品ではなく売り方だ。

 イメージとしてはレストランの「料理が運ばれてこない」バージョンだと思ってもらった方が分かりやすいだろう。


「なるほど……お嬢は商品じゃなくて販売方法を変えようとしているんですね」

「ご明察。どうせチョコレートに浸しただけの果物なんて明らかにウル商会のアレンジ商品には見劣りするもの。なんだったら、チョコレートを買えば家でも作れちゃうし、希少性は薄いわね」


 時間はかかるだろうが、チョコレートを溶かしてしまえばどこに行ったって食べられる。

 それこそ、食材を多く抱えている貴族のキッチンであれば容易に作れてしまうだろう。

 つまり、これを売り出しても買う必要が見い出せなくなるのだ。


「だから私は売り方で勝負を賭けるわ。この場所でチョコレートに合う食材を並べる。あとはお客さんが好きな食材を選んで、勝手にチョコレートに浸して食べてもらう。浸すだけの量を一か所に集めて皆でシェアしてもらうならチョコレートを買うよりも安価で抑えられる。果物も切り分けられた小さなものだし、単価もたかが知れているわ―――だから、平民に向けたアプローチもできる」

「では、購入層を平民へシフトするんですか?」

「もちろん、貴族向けにも用意するわ。会場が二つあることだし、VIP専用ルームとして使ってそこに貴族を集める。平民向けのビュッフェは自分で取りに行くけど、VIP専用は店員が食材を持っていく。各テーブルにチョコレートを用意すれば平民向けとは違って自分でいく必要もなくなるし、食材も高級なものを選べば十分に差別化ができるわ」


 平民は自分で行うことには慣れている。

 でも、貴族のほとんどは使用人にやらせたりと自分で行動することに慣れていない。

 平民向けのように自ら足を運んで食べるとなれば抵抗感はあるだろう。だからこそ、VIP専用では注文形式を取るのだ。


「今から商品を考えたって、工数がかかりすぎる。これだと場所と機材を用意すればすぐにでも始められるわ。もちろん、食べた分の価格も設定しないといけないけど」


 確かに、これであれば商品を考える時間も、それを他の者に教えて商品化する工数もいらない。

 果物を切って、チョコレートを溶かしてしまえばあとはお終いだ。


「あの、面白い考えだとは思うのですが……果たして人気は出るでしょうか? このやり方だと、持ち帰るということがなくなってしまいます」


 サクラが皆を代表して疑問を投げる。

 商品のメリットは『好きなタイミングで食べられる』ということであり、これだと足を運んでその場に留まらないといけない。

 チョコレートはお菓子だ。いつでも食べられるからこそ、お茶会で提供されたりと用途が広がっている。人気がある理由の中には、こういったものもあるだろう。

 でも、カルラの考えたビュッフェはそれができない。レストランのように足を運んでその場で食べることしかできず、メリットが放棄されている。


「サクラの言う通り、ビュッフェにはそのメリットはない。でも私は顧客層を広げて、好きなものを自分で選べるという斬新さでメリットをカバーできると思っているわ」


 逆に商品のデメリットは「それしかない」ということだ。

 たとえば、自分はチョコレートクッキーが食べたいと思っているとしよう。でも、それが売っていなければ? 

 商品は完成された状態。商品として並んでいなければ必然的に諦めるしかない。

 しかも、完成された商品は値段が高い。色々なものがほしくても手が出せない状況だってあるだろう。


「でも、ビュッフェなら商品として売り出して逃した客を捕まえることができる。値段も安く設定できるでしょうし、手も出しやすいはずよ。まぁ、貴族の人には値段なんてあまり関係ないかもしれないでしょうけど、そこは喫茶店感覚で来てもらうことを狙うわ。今の市場で、チョコレートを売り出している喫茶店なんかないでしょうし、若い貴族の女の子にも来てもらえるよう調整していくわ」


 カルラは一通り言い終わると、皆の反応を窺った。

 今までにない試み。カルラの読みが外れて失敗する可能性だって大いにある。

 商品とは違って場所を確保しなければいけないので、材料費は抑えられるかもしれないが初期投資が無駄になってしまうことだってあった。

 だからカルラは提案しただけ。あとは皆の反応を窺ってから決めようと思っていた。

 そして—――


「私は……いいと思います」

「俺もです、支部長。これ面白いっすよ!」

「市場で購入していく層の多くは平民ですからね。そこが掴めるのであれば利益も見込めます!」


 従業員全員が、それぞれ好感触を見せた。

 だからこそ、言いようのない達成感が胸の内を占める。


「ですが、このチョコレートの置き場については考えないといけないですね。大皿に入れただけだと簡素すぎますし」

「そこは工夫するつもりよ。ほら、噴水ってあるじゃない? あれみたいに湧き上がるチョコレートみたいな形はできないかしら?」

「だから長い串を選んでいたんですね。確かに、それだと見た目も工夫も満足してくれそうです。それに、できないこともないかと!」

「職人の手配なら任せてください! 最短で準備してみせます!」


 サクラ達は次々に意見を交わし始めていく。

 ここをこうすればいい、価格帯はこれで、内装はオシャレに……などなど。

 皆、このビュッフェを前向きに考えてくれていた。話している従業員の顔には笑みが浮かんでおり、ウル商会に先手を打たれた時の不安など見る影もなく楽しそうであった。


「よかったですね、お嬢」

「……えぇ」


 カルラだって不安はあった。

 思い付きで始めた考えであったし、今までのやり方を大きく変えるものだったから。

 しかし、まだ成功すらしていないのにその不安も皆の顔を見ただけで綺麗さっぱり消えていくのが分かる。

 思わず横にいるアレンの言葉を肯定してしまうぐらいには。


「さぁ、これから忙しくなるわよ! 早くチョコレートビュッフェを開いてウル商会を巻き返しましょう!」


 はいっっっ!!! と。

 カルラの声に合わせ、従業員の大声が会場に響き渡った。

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