第25話
ウルデラ商会で働いているセオは、朝から不機嫌であった。
働き始めて五年。倍率の高い試験を合格し、やっとの思いで公爵家の懐である商会に入り、成績を上げてついにお膝元であるウルデラ支部へと配属された。
ウルデラ商会の中では、ウルデラ支部はエリート中のエリートだ。優秀な者だけが配属されることを許され、それ故に皆は誇りを持っている。
にもかかわらず―――
「くそっ、どうしてただの人間がいきなり支部長なんだ!」
朝、支部の中で共有された事項。
どうやら支部長を務めていたアリス様から変わり、新しい支部長が就任されるらしい。しかも、相手はアリスみたいに公爵家に関わりのある貴族でもなければ名を挙げた商人ですらないただの平民。
そんな人間がいきなり「支部長です」などと言われれば、苦労をしてきた人間が納得できるはずもなし。
初めはアリスですら、セオは嫌だった。
だが、それを黙らせるほどの成果を残したため、いつしか自分も納得するようになったのだが―――
「ちょっと、そろそろ支部長来るんだから変なこと言わないでよ」
同僚の女性———サクラが苛立っているセオに注意する。
だが、それでもセオの苛立ちは収まりきらない。
「サクラだって納得できるのかよ!? そこら辺の素人がウルデラ支部に来るんだぞ!?」
「そりゃ、納得はできないけど……公爵様が決めたことだし、私達がどうこう言う問題じゃないでしょ」
現在、朝の定例前。
ウルデラ支部に限らず、商会全体では各支部ごとに朝の定例会が行われる。
簡単に言ってしまえば、本日は何をするだとか方針だとかを話し合う場だ。支部の奥にある大きな部屋にはセオ含めて支部の人間———その内、役職を与えられた者が十人ほど支部長の到着を待っている。
そんな場所で不満を口にしてしまえば、いつ来てもおかしくはない支部長に聞かれてしまう恐れがある。
とばっちりがこないとも限らないし、嗜めるのは当然であった。
「そりゃそうだけどよ……」
「だったら黙ってたら? 私達は私達のすることをすれば―――」
そう言いかけた時、ふと部屋の扉が開いた。
皆の視線は一気に集まり、背筋が一同綺麗に伸びる。
そんな人間達の視線を集める先に現れたのは―――美姫としか言いようのない一人の少女と、燕尾服を着た青年であった。
(綺麗……)
サクラは思わず現れた少女に目を奪われてしまう。
腰まで伸ばした月光のような金髪に、見惚れてしまうほどの端麗な顔。気品ある雰囲気に透き通った瞳から、何故か視線が逸らせない。
それはサクラだけでなかったのか、他の面々も口を開けて呆けてしまう。あれだけ文句を言っていたセオもあんぐり状態。
これが自分達と同じ平民なのだろうか? 執事らしき人間を侍らせていることから違うのでは? と予想できるが、歩く姿だけでも違うと思わせられる。
でも、聞いた話では平民。増々わけが分からなくなり、脳裏に疑問が浮かび上がった。
「遅れてしまってごめんなさい。言い訳するつもりはないけど、さっきまで公爵家に行っていたの」
だが、それも現れた少女———カルラの一言で現実に戻される。
カルラはそのまま奥へと歩いていくと、支部長が座る椅子へとそのまま腰を下ろした。
その堂々たる姿に、どこかアリスと似たカリスマ性があるようにサクラは感じてしまう。
「い、いえっ、構いません!」
この場にいる誰も反応しないので、サクラが先に口を開いた。
「あなた、名前は?」
「サ、サクラと申します!」
「ふふっ、ありがとう。でも敬語で話さなくても大丈夫よ? 所詮、なんの実績もないまま上に就かされたただの小娘だから。他の皆も、気さくに話してちょうだい」
室内が一気にざわつくが、それも一瞬のこと。
いくら本人が言おうとも、相手は上長。ここまで規律正しく働いてきたのに、いきなり変えると言われても無理な話だ。
それに、どこか今のカルラからは何故か敬わないとという空気を感じる。何故か? それは上手く言語化ができなかった。
「一応、これから一緒に働くことになるんだし自己紹介だけしておくわね。私の名前はカルラ。そしてこっちが―――」
「アレンです、以後お見知りおきを」
後ろに控えていたアレンが胸に手を当てて会釈する。
その所作は、とても洗礼されていた。やはり執事なのかと、確信を持てた瞬間である。
「……なんか、アレンの真面目モード久しぶりに見た気がするわ」
「そりゃ、初対面で俺は何もないただの付き添いですからね。お嬢の前だったら気にしませんが」
「私を一番に敬うべきじゃないの、普通?」
「でも今、お嬢は俺と同じ平民ですし」
「減らず口!」
カルラは後ろにいるアレンの胸をポカポカと殴る。もちろん、鍛えているアレンからしてみれば猫の攻撃と同じぐらいだ。
「いいんですか、お嬢。皆が見てますけど」
「ハッ!?」
アレンに指摘され、慌てて正面を向く。
その時の顔は若干赤みがかっており、恥ずかしかったのかわざとらしい咳払いを始めた。
「ごほんっ! ご、ごめんなさい、見苦しいところを見せたわ」
「いえ……」
なんだこの可愛らしい生き物は、と。サクラは失礼ながらもそんなことを思ってしまった。
そして—――
「ウルデラ公爵から話を聞いたけど、今は定例の時間なのよね? だったら、私のせいで遅れちゃったけど―――早速始めましょうか」
アリスに代わり、新しくやって来たウルデラ支部の支部長。
戸惑いこそあれど、その人間を踏まえて初めての定例会が始まった。
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