第23話
(まぁ、カルラ・ルルミアならそうするわな)
カルラがお風呂へと入っている間、アレンは風呂上がりの熱を冷ましながら渡された手紙を一人で読んでいた。
(問題はカルラ・ルルミアの言う通り手が早すぎるってことだ。昨日の段階でここまで考え込んだってことか? それとも、事前にこの展開を読んでいたか……)
全てのお膳立てが済んでいるのなら、あまりにも手が早すぎる。
手紙を書くだけならいい。それ以外の部分……内部の情報共有や引継ぎ、ポジションの確立などといったするべきことは多い。
しかも、役職は支部長ときた。その量も当然多いはず。
それが昨日今日で全て解決できるものだろうか? どう考えても、事前に用意していたとしか考えられない。
とはいえ、逆に事前に用意できるほどこの展開を予測できるとも考えにくい。
もしカルラがどこかへ行ってしまっていたら?
もしカルラがあの時アリスを助けなければ?
そもそもこの展開には辿り着けなかったはずだし、そんな曖昧な予測に労力をさけるとは思えない。
(わっかんねぇなぁ。俺はそこまで頭はよくないし、こういう話には縁遠いと思っていたんだが)
カルラだったらすでにある程度相手のことを理解しているかもしれない。
でも、生憎とアレンはカルラほど頭がキレるわけでもなければ天才でもなかった。この先どういう展開になるのも予想はできないため、現状どうすることもできない。
(まぁ、いい……俺の行動指針は変わんねぇ)
アレンはカルラが戻ってくる前にと、脱ぎ捨てていた上着を着始める。
(成功させてお嬢が取り込まれるのを阻止、それでお嬢を惚れさせる―――単純明快、分かりやすくて結構だ)
目的はカルラを国に連れ戻すこと。
こんなところで、公国の貴族に捕まってしまうわけにはいかない。
(楽にお嬢を手に入れられると思うなよ、公国の貴族が)
♦♦♦
「ふふっ」
可愛らしいファンシーなぬいぐるみが置かれてある室内に似合わない書類の束を前にして、アリスは一人小さく笑う。
(流石はお兄様、素晴らしいお膳立てです)
手に持った書類には公爵家が運営する商会の名簿が書かれてある。
その一番上———各支部を率いる面々の中には、つい最近知り合った女性の名前が連ねられていた。
それを見ただけで、アリスはどうしても気分が高揚してしまう。
(私が発案したチョコレートを撒き餌にしてカルラ様を釣る。一度釣られてしまえば、安易に抜け出すことができません―――私はこっち方面には特化しておりませんが、やはりお兄様は素晴らしいですね)
公爵家にカルラを連れてきたのはアリスだ。でも、アリスはそこまでしかしていない。
チョコレートという自分が発案した商品を使って、現状解決できていない問題へとぶつける。
カルラが上手く解決することができれば商会としてはプラス。逆に失敗すれば現状維持ではあるが、責任を押し付けて公爵家に縛り付ければいい。
全ては公爵家の書状が手元に渡った時点でいいように転がる仕組みになっていた。
―――発案はロイ。
狡猾さで物事をやらせるのであれば右に出る者はいないと、妹のアリスは思っていた。
(でも、それじゃあダメなんです)
アリスの目標はカルラを公爵家に取り込み、友達になること。
ここでカルラの才が発揮して事業が成功してしまえば、まんまと逃げられてしまう。
カルラがリアのお店を繁盛させてから、関心はロイよりもアリスの方が強くなってしまっていた。
故に、ロイは両方転がってもいい方法を選んだ。
しかし、アリスはそれを許容したくない―――カルラと友達になるために。
「であれば、私がすべきことは決まっていますね」
アリスの才能が一番高いのはここではない。
チョコレートという新商品を軌道に乗せたのはアリスだ。
であれば、地道に計算しつくして……カルラの失敗を促す。それだけだ。
「さぁ、カルラ様———私と遊びましょう」
アリスは一人、年相応の笑みを浮かべた。
♦♦♦
一方で、ここまでのお膳立てを企てたロイは自室でワイングラスを片手に一人物思いに耽っていた。
(カルラ嬢は成功を、アリスは失敗を目指して動くんだろうねぇ、ここからは)
まるで他人事。
ロイとしても、カルラを自陣に取り込みたいという思いはある。
でも公爵家の当主としての立場としては、利益こそを追及して領民を安心させる義務があった。
だからこそ、どっちに転んでもメリットがあるように。
私情半分、利益半分で物事を進めていく。
「とはいえ、本当にカルラ嬢は手に入れたいんだよねぇ」
初めて顔を見たあの時から。
どこかカルラという少女に目が惹かれてしまった。
集まってくる貴族の令嬢とはどこか違う―――才気溢れるあの姿が、脳裏から中々離れてくれない。
(いざとなればアリスの手助けをしてしまいそうになるね、これは……)
ロイはワインを一口含み、小さく笑った。
「さて、カルラ嬢は本当に安くない女なのか……是非とも確かめさせてもらおうじゃないか」
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