第34話 未来予知
見慣れた風景にいつも通りの授業。
俺がこの世界に転生しておよそ3ヶ月が経過した。
きっかけは突然の頭痛、それから少しずつ時間が経過していくことで記憶を思い出してきていた。
中学時代の記憶。たまに遊んでいた友達の名前、お世話になった先生の名前、よく遊んでいた公園、好きな食べ物や嫌いな食べ物……。
その中で薄々感じていたがことがある。
それは記憶を思い出す順番……。
記憶とは海馬や大脳皮質と言われる脳の中のメモリーチップに蓄積されていく。
そして海馬で記憶が一時的に保管され、大事な記憶と判断されたり何度も繰り返した情報は大脳皮質へと送られる。
俺が思い出しているのは海馬で一時的に保管されている記憶と大脳皮質であまり重要でなかった記憶のみ。
つまり五之治優春の記憶の中で脳に深く刻まれている記憶が思い出せないでいた。
「五之治くん聞いてる?」
熱心に授業の説明をしている小さく可愛らしい美徳先生がチョークを片手にこちらを睨む。
「……もちろんです」
「もうすぐ夏休みだからって浮かれないでね。みんなも来年には受験なんだから羽目を外し過ぎないでよね」
どうも言葉に説得力の無い美徳先生は不満そうな顔をしている。だがそんな美徳先生の不満な表情は俺たちの未来を真剣に考えているからなのだろう。
真剣に考えていなければあんな顔はできない。つくづく良い人だ、早く良い相手を見つけて結婚してくれ。
そう思いながら両手を合わせた。
……受験。
幸いにも記憶が思い出されることで授業やテストはそれなりについていけるようになっている、成績でいうと良くも悪くも無いといった感じだ。
当然のように学年1位の水鳥には手も足も及ばないし相手にすらされていない。
しかしそんな水鳥とも多少は仲良くなり、それなりに心も開いてくれている。水鳥がそう思っているのかはわからないが少なくとも俺はそう思っている。
そんな何の面白みもないことを考えながら水鳥を横目でチラ見しながら美徳先生の授業を聞いていた。
暑い。エアコンが効いているにも関わらず室内温度は28度を維持している。省エネというやつか……。
窓側だから日差しが痛い。
だが隣の水鳥は涼しそうな顔をしている……。
「ガコンッ!!」
真後ろからものすごい音がした。
……間違いなく後ろで何かが倒れた音。
俺が振り返ろうとした瞬間、教卓で驚嘆の表情を見せる美徳先生の表情が視界に映り込む、急いで振り返ると渦巻が自慢の真っ白な頬を赤く染めて倒れていた。
「渦巻っ!」
俺は急いで渦巻のもとへかけより体を揺すったが反応がない。
手首を握るように脈を確認し動いていることは確認できた。
「先生、渦巻を保健室に連れて行きます」
「えっ、ぅ、うん。心配だし先生も行くよ。今日はみんな自習ね、水鳥さん後お願いできる?」
「えぇ。任せて下さい」
美徳先生はクラスの生徒を水鳥に任せた。
美徳先生が水鳥にクラスを任せたのは成績優秀かつ常に冷静である水鳥が頼りになるからなのだろう。
俺は渦巻を担ぎあまり揺らさないよう慎重に保健室へと向かった。
午後3時、この日最後の授業だったため俺は渦巻が目を覚ますまでそばにいるよう美徳先生にお願いされていた。そして目を覚ますことがなく放課後になった。
日中の暑い時間帯が過ぎ少し外も涼しくなったからだろうか。
保健室の真っ白なベッドで渦巻が目を覚ました。
雪がかかったように真っ白な自慢の巻髪、大福のようなもちっとした白い肌、その額には熱さまシートが貼ってある。
「……すぐ…はるくんだ…」
「あぁ起きたか。もう少し安静にしてろよ、保健室の先生が熱中症って言ってた」
周囲を見渡した渦巻は現状を察したのか、ゆっくりと口を開いた。
「…………そう」
その言葉はまるでいつもの渦巻と違う。元気がなく衰弱している……何も考えていないような発言。
文字通り、脳死しているかのような。
「一つ気になったことがあるんだけど聞いて良いか?」
渦巻は毛布を被るように目から上だけを出して俺を見つめる。
「………………いいよ」
その言葉が俺の中ではとても意外だった。
いつもは俺に情報を与えてくれる渦巻だったが俺が要求する情報は与えてくれない。そんなS気質な女の子、渦巻真冬が俺の質問に答えてくれる……。
俺は固唾を飲んでから横たわる渦巻に聞いた。
「熱中症……と先生は言ったけど本当の病気はなんだ?」
俺から目を逸らし天井を見つめる渦巻。
こうして渦巻と二人きり話せる機会は初めてに近い。
いつもは逃げられたり、自分から来たりする。
だが今回、渦巻は弱っている。そんな渦巻に質問で迫っている自分が少し情けないと思ったが、その情けないと思う気持ちを差し置いてでも聞きたかったこと。
そして渦巻は天井に右手を伸ばしてこう答えた。
「ウチね……もうすぐ死ぬの」
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